知的財産権に於ける真正商品並行輸入の是非
−「知的財産権の本質論」と「産業政策論」の狭間で−
       
                   2000年10月   

弁理士 小島高城郎   

1.序論
(1)本件のテーマに関するものとして、近時の最高裁の判例(平成7年(オ)第1988号)等をきっかけに、あたかも議論に終止符が打たれたかの如き感なきにしもあらずとの状況が生じた。しかし、この最高裁判例に至るまでの各審級の結論や論拠が様々であり、これを以て当然に議論の終止符とすることは出来ない。従って、学会並びに実務界においてもむしろ火に油を注がれた状態となり、商標等の他の知的財産権をも含み議論が再燃してきた感がある。すなわち、私の理解としては、全てのケースに適用できる確定的論拠を示すことは不可能に近いとしても、各論拠を追求し、整理することにより多少は確定化ないしは基準化することができるのではないだろうかという冒険に挑むべく敢えてこのテーマに決定した。このテーマを論拠づけるとしても、この問題がかなり多面的であることはもとより承知の上である。多面的であるが故に、従来の論文等の多くは国際的消尽論(国際的用尽論又は国際的消耗論)や属地主義等に的を絞って論じている。己れの主張するところを詳細に論究するためである。しかしこれでは、いわゆる真正商品の並行輸入に反対する権利者(企業を中心とするライセンシー含む)や、賛成する第三者への説得材料としては手薄と考える。問題は、学界や実務界における本件テーマにおける疑問や不満が何に依拠するのかであるが、私は、特に本件テーマの大前提である「権利の本質論」と時代に即応した「産業政策論」を軽視しては、的確な結論は出ないと考える。換言すれば、知的所有権自体の性格、各知的所有権制度の趣旨及び国際的消尽論を含む知的所有権の本質論たるいわゆる法律論と、産業政策論であるいわゆる経済論の調和は、時代に即応した形で追求しなければ図れないと考える。
 以下、これらの根拠について具体的に論究すると共に、現在妥当と考える結論と将来のあるべき姿について述べるが、まず問題発生の背景等について概説し、次いで原則論を現在国際私法上争いがない点、又は争いが少ない(従って、通説又は多数説)点等を我国に視点をおいて前提的に述べると共に、更に例外論すなわち並行輸入の是非について、主要国の判例を参照しつつ多面的に論ずることとする。
 尚、本件テーマを論ずるに当たって、外国より日本へ真正商品を並行輸入する形態を基本として論を進める。

 (2)まず、本件テーマに関する「知的財産」、「知的財産権」等の基本的な語句に定義を与えると共に、これら保護対象の本質等についても触れておくこととする。本件テーマを論ずるに当たっての大前提だからである。

イ) 知的財産とは、発明、考案(実用新案)、意匠、著作物等の知的創作物、及び企業や商品・役務の識別標識である商号や商標等の取引上の経済的価値物を指称する。前者の知的創作物の内、著作物のみが、条文上主として文化の発展に寄与し、他の発明、考案、意匠は、直接一国産業の発達に寄与する点で相違する。また商標や商号が、取引の安全や商品・役務の流通秩序維持を通じ間接的に産業の発達に寄与する点で、発明、考案、意匠の知的創作物と相違する。この事は、並行輸入の是非を論ずるに当たっても非常に重要なことであり、知的創作物は、「利害の対立が激しい」といわれている如くこれらの保護対象物の本質もまた重要な前提である。
 並行輸入で特に問題とすべき発明、考案の本質は、抽象的な技術的思想の創作であり、意匠は、物品の美的外観についての創作、商標は、商品や役務(サービス)の自他識別標識である。但し、この商標の場合、役務(サービス)の提供は、有体物たる商品を伴わずその場限りであり、転々流通しないので、本件テーマの対象外であるので以下「自他商品識別標識」として論を進める。また著作物は、文芸、学術、美術等に属するものであって、思想や感情を創作的に表現したものである。これら保護対象物は、何れも無体であるが故に無体財産ともいわれている。 

ロ)総合的に権利を捉えた表現、即ち 知的財産権とは、一般的には、工業所有権(特許権、実用新案権、意匠権、商標権)、著作権、営業秘密に関する権利、半導体回路配置権及び植物新品種に関する権利等を含めた広い概念をいう。
 これらは、特許法、実用新案法、意匠法、商標法、著作権法、不正競争防止法、半導体集積回路法、種苗法にてそれぞれ保護・規制されている。
 この知的財産権は、該権利を独占排他的に業として実施できることに意義があり、このことから権利者若しくは事業者が利益を享受できることとなる。即ち、知的財産権の経済的価値は、そのものに内在する価値である創作的価値や業務上の信用等が中核となっていると考える。
 尚、上記権利の侵害者に対して、各権利者又はこれと同視し得る者は、差止請求権、損害賠償請求権、不当利得返還請求権、信用回復措置請求権等を行使することができる。

 (3)また「真正商品の並行輸入」についても、議論の大前提故に定義を与えておきたい。

イ) 真正商品とは、正当権利者が流通過程に該商品を乗せたそのもの、すなわち正当権利者により特許権等の保護対象(発明等)を化体せしめた具体的な商品や商標権に係る登録商標を表示した商品そのものを意味し、いわゆる偽物でないことをいう。特許権や商標権を侵害しない商品という見解があるが、疑問である。何故ならば、そもそも並行輸入は侵害を構成するか否かを問題にするのであり、このような定義とすると前提が崩れ、並行輸入自体が問題を生じなくなるからである。また、正当権利者とは、権利主体である特許権者や商標権者等、又は専用実施権者(専用使用権者)、通常実施権者(通常使用権者)等として位置づけられるいわゆるライセンシーをいう。
 上記を前提に、並行輸入の問題は当該商品が真正商品である場合に限定される。何故ならば、真正商品でない偽物の場合は、上記各権利の侵害を構成するか、不正競争行為として規制されるからである。

ロ) 並行輸入とは、代理店、子会社等の輸入ルートとは別に、第三者が真正商品を輸入販売する行為をいう。前者がいわゆる「正規のルート」であり、後者が従来の「闇のルート」と言われてきたもので、本件の真正商品の並行輸入が認められるとすると、不適法なイメージの「闇」ではなく「正当」乃至「適法」なルートということになる。

ハ)この真正商品の平行輸入の是非(認否)の問題は、権利消尽認否の問題と必ずしもイコールではなく、後者は前者の一部についての議論にすぎない。この点も本論の論ずるべき一論点である。ここに権利消尽論とは、権利者自身又はその承諾を得た者が一旦市場の流通に置いた物については、その知的財産権は用い尽くされたものと見て、他人によるその後の使用、販売、輸入等は知的財産権の侵害にならないとする考え方をいう。

ニ) 尚、以下本稿における知的財産権は、特許権等の工業所有権及び著作権のみに限定し論を進めることとする。

2.問題発生の背景

イ)外国企業が自国(A国)のみならず、他国(B国)へも進出し、商品を当該B国にて販売しようとする場合、自ら子会社や関連会社を設立したり、B国の企業を総販売代理店に指定することが多い。しかし、商品のB国への流入は、この正規のルートのみならず権利者のコントロールが及ばない上記闇のルートにてもB国へ流入する場合がある。即ち権利者より特許権や商標権等に基づく実施権(使用権)をライセンスされた者自身により製造され、輸出又は輸入がなされる場合は、コントロール可能であるが、上記A国で適法に販売・拡布された商品が転々流通し、B国へ輸出(輸入)されるような場合は最早権利者の意思の及ばない領域であり、コントロール不可能である。
このような場合、通常販売主体の相違により内外価格差が存在し、並行輸入品の方が正規の輸入品よりも価格が低廉であるという問題は度々発生している。特許権等の権利者である外国企業や日本国内の総代理店にとって、このような並行輸入品は脅威以外の何物でもないという場合が少なくない。各国の経済事情、なかんずく物価水準、取引・需要者の所得水準等に鑑みて利潤を追求すべく各国毎に異なる価格政策を採用していることが多いが、上記のような並行輸入の場合この価格政策を貫くことが不可能となるからである。また、低廉な並行輸入品が巷に溢れるとすれば、それまでに形成されたブランドイメージが崩れ、上記の価格政策下での一定の価格をその国で維持できないとすれば、場合によっては品質の低下をも惹起しかねないこととなろう。自社の販売量の低下のみならず値崩れ等による多大な打撃を受けることになろう。
このような場合、上記B国に於ける権利者若しくはこれに相当する者は、適法に権利を行使することが出来るか否か問題を生ずることとなる。

ロ)上記の問題発生の背景を前提に、種々の解決すべき点も出てくる。例えば、本人(特許権者、実用新案権者)の意思が介在しない強制実施権が設定されその実施下に当該商品が我国に並行輸入されてきた場合を、本人の意思が介在する場合(許諾による実施権)と同様に取り扱ってよいか否か。また、製品(商品)の全体について、又はその殆どの部分、若しくは主要な部位に特許権が成立している場合は、それ程問題を生じないが、完成品中の全くの部品ないし極小部位に特許権が発生している場合は、前者と同様に取り扱って良いか等も問題となる。

3.原則論

 国境が経済的な面においても確固たるものとして存在していた時代においては、自国の法は他国に及ばない、他国の法は自国に及ばないということは至極当然のことであったといえる。しかしながら、時代が進み国際的な取引が活発化するに至り特に取引・経済的な面において国境の意識が薄らいできている事実は否定できない。この流れの中で、議論なき事項や議論はあっても概ね多数説的見解を「原則論」として捉え、これに反する見解(原則論修正説への反論含む)を「例外論」として以下述べる。

(1) 特許権(同法第68条)、実用新案権(同法第16条)、意匠権(同法第23条)、商標権(同法第25条)、著作権(同法第17条)は、何れも保護対象を独占排他的に実施ないし使用し得ることを内容とする権利である。従って、我国の場合、我が国の法律に則り正当に成立した権利であれば、認められた国家,即ち日本の領土主権の及ぶ国家範囲内で効力を有する。即ち、当該国内であり、他の外国まで及ばない。逆の場合も同様であり、外国での権利乃至法的効力は、日本には及ばない(属地主義)。この属地主義の原則は、国際私法上の一原則であり、基本原則であるが、法的根拠は、工業所有権に関する主たる条約であるパリ条約第2条(内外人平等の原則)にその基礎を置いているといえよう。また、各国の特許権の効力等についても相互に無関係とする特許独立の原則(パリ条約4条の2)、商標独立の原則(同条約6条(3))にも根拠を求めることができよう。これらパリ条約第2条、及び同第4条の2は、自己執行性(Self-executing)の性格を有する条項故に、憲法98条第2項(条約の遵守)及び特許法第26条(条約の効力)を経て直接我が国内に適用される。上記属地主義の根拠についての更なる追求については下記する。
 ちなみに、独占排他的権利であれば、上記特許権等に限らず、いわゆる専用実施権(専用使用権)であっても同様に並行輸入の是非ないし認否の問題を生ずる。

(2) 属地主義や特許独立の原則等については、本件テーマに関する論文などにおいて種々論じられているので、私見を含め更にここで触れることとする。
イ) 属地主義とは、法の適用・効力範囲は、当該法が定立された国家領域内に限られるという原則をいう。従って、例えば、日本における発明の実施行為が特許権の侵害となるか否かは、もっぱら日本の特許法により判断されるのであり、他国の特許法により判断されないことを意味する。すなわち、属地主義の原則は、知的財産に関し保護が求められる国の状況、つまり社会的、経済的等の種々の面を考慮し、国ごとに政策的運用が可能となるように求められている原則である。それゆえ、特許権や商標権等の知的財産権は、産業政策法である特許法等により付与される国家的な権利(独占排他権)であり、そのような権利の排他性はその国の領土全体に及ぶが、その領土内にのみ制限されることは至極当然のことと理解する。この属地主義は、相互主義を要求することなく(相互主義はパリ条約への加入に伴う義務として十分に確保されているの意:ボーデンハウゼンP6)、当該自国民に与えているのと同一の待遇を他の同盟国民に適用しなければならないという内外人平等の原則(パリ条約第2条、ベルヌ条約第5条、万国著作権条約第2条)を遵守するものであり、外国人に、場合によっては内国民に不平等を強いるものではない。この事のみを持って即並行輸入の是非を論じ得るものでもないが、論ずるために通過せざるを得ない大原則であることに間違いはない。
 このような観点からも、国際私法の一原則である属地主義の原則は、「パリ条約2条のうちにその基礎をもち、そして、国際工業所有権法の包括的な秩序原理となっている」(バイヤー著,桑田訳「国際商標法」AIPPI月報17巻2号9頁)といえよう。平たくいえば、「郷に入れば、郷に従え」的な考えがまず基本にあると言い得るし、その国の恩恵を受けるにはその国の法に従わねばならない。即ち工業所有権における属地主義適用の根拠は、上記パリ条約第2条に求められると考える。但し、これらの点については、解釈を異にする見解(例:田村「機能的知的財産法の理論」P240 )も存在するが、一応以上を基本的な見解と解し論を進める。いずれにしても、歴史的経緯や国際取引の潮流等を無視しては、条約や産業政策法は論じ得ないから、この第2条の根拠は、原則論として正当であると考える。歴史的経緯についての一例を挙げると、パリ条約は、そもそもパリ条約締結当初は世界統一法を目標として各国は一同に会したが、各国は、余りにも強力に属地主義に固執したため、そのような目標は単なる理想に終わり、いわゆる「調整法規」をさだめるに至ったことにある。即ち、工業所有権については、国境を取り払うことの可否からスタートしたが、結局各国ごとにとはいえ当該国にあっては、他の同盟国民を自国民と同様に保護する内外人平等の原則(パリ条約第2条)が採用された。つまり、第2条は、属地主義的条文と言うことができ、換言すれば、属地主義の確認規定ということができよう。
 注意すべきは、論理的に内国民待遇から即、属地主義に直結するものではないが、本条の内容や立法の精神に属地主義が表われているということである。
 加えて、本原則は、あくまで原則であり、原則をも曲げ得る、あるいは曲げる必要性があれば、例外も存在するということとは、別の問題である。それは、国内法が如何にあるのか、あるいは保護対象の本質や産業政策等の観点から国内法が如何にあるべきかという国内法の解釈の問題である。
 ちなみに、パリ条約第3条は、同盟に属しない国の国民であっても一定条件下に同盟国の国民とみなしているが、これは、そのような者であれば一国(当該国)産業の発達に寄与していることから当該国において内国民待遇を与えているにすぎない。つまり自国民ないし同盟国民を犠牲にして内国民待遇の保護を与えているのではなく、産業政策の観点から主体的保護領域を拡張しているにすぎない(パリ条約第2条参照)。

ロ) 特許独立の原則とは、同盟国の国民が各同盟国において出願した特許は、他の国(同盟国であるかどうかを問わない)において同一の発明について取得した特許から独立したものとする原則をいう(パリ条約第4条の2(1))。
 上記の如く、特許法第26条は、条約を遵守し(憲法第98条第2項)、「特許に関し条約 に別段の定めがあるときは、その規定による。」と定めているので、本件テーマに関係するパリ条約第4条の2に定める特許独立の原則も検討されるべき原則である。
 本件並行輸入是非の問題において、この原則の適用があるか否かについては争いのあるところであるが、同条約第4条の2(2)にいう「絶対的な意味に・・・解釈しなければならない」の規定も含め、関係する判例に触れる際述べることとする。
 加えて重要なことは、この特許独立の原則(パリ条約第4条の2(1))は、そもそも地理的、時間的不平等を是正すべく採用された優先権制度(同条約第4条)に基づき他の国に該優先権主張出願された特許が、いわゆる基礎となった本国のものに従属するかの如き誤解を生ずるに至ったことから、無関係であることを確認、即ちパリ条約の大原則である内国民待遇(内外人平等)の原則(同条約第2条)を確認すべく(間接的には属地主義も確認すべく)、パリ条約上の大原則である平等の原則(第2条、同3条)と優先権制度(第4条)より後年の1900年のブラッセル改正条約にて規定されたものである。即ち、知的所有権に関する基本条約であるパリ条約は、同盟国の特許は他の国において取得した特許とは独立したもので従属しないことを明らかに宣言している。パリ条約同盟国(現在163カ国)は、現在もこの原則を「良し」とし、改正されるに至ってない。
 なお、一国産業の発展に寄与する知的創作である実用新案(考案)や意匠についても同様に類推解釈され、独立の原則が適用されている。
 また、商標独立の原則とは、いずれかの同盟国において正規に登録された商標は、他の同盟国(本国含む)において登録された商標から独立したものとする原則をいう(同条約第6条(3))。この「商標」独立の原則は、「特許」とは、上述の如く本質を全く異にすることから別個の条文となっている。その一顕現として本条約上外国登録商標制度(第6条の5)があるが、これは、原則的理解として商標の登録や保護について正に他の同盟国に従属する制度である。いずれにしても商標自体、「商標の付された商品」は、国際的にも転々流通することを本質とし、理想的には同一商標は、同一主体により使用されることが望ましいことより、特許と同一(共通)規定にて処理できないからである。

ハ)問題は、上記両原則の適用関係であるが、例えば、A国である権利について国内消尽を生じた場合、A国の消尽を理由にB国においても消尽を認めなければいけないとするようなことは、これは正しく従属関係であり、少なくとも特許独立の原則(パリ条約第4条の2)には反するものといえよう。
 従って、このような従属関係的な解釈でなければ、並行輸入の是非の問題は、各国内法の解釈の問題であって、直接上記属地主義や特許独立の原則に関係するものではないと解される。
 商標の場合、特許と異なり、条約上も厳格には解されない(同条約第4条の2(2),同6条(3))。あくまで形式的に独立の原則(パリ第6条(3))を有するのみと解される。その理由については後述する。従って、結論的には、この商標権や著作権にあってもその本質や産業政策に鑑みた的確な判断(解釈)が望まれる。

ニ)TRIPS協定(Agreement on Trade Related Aspects of Intellectual Property Rights)

 この貿易関連知的所有権に関する協定(以下、TRIPS協定という)は、WTO設立協定の三付属書の一つであり、(1)知的所有権保護の最低基準(2)知的所有権の分野への内国民待遇と最恵国待遇の適用(3)権利執行制度を内容とする。この中で、本件テーマに直接関係するのは、(2)の条項である。
 まず、結論から述べると、第6条において「同協定は消尽問題には適用しない」と規定しており、属地主義を原則的に認めていると解される。即ち、TRIPS協定も知的財産権の保護がTRIPSの規定に反しない限りで加盟国の法政策上の決定に委ねられており、加盟国は、国内の法制及び法律上の慣行の範囲内でこの協定を実施するための適当な方法を決定することができる(1条1項3文)。また、加盟国は、この協定で国内法によって要求される保護よりも広い保護を実施することを決定できる(1条1項2文)。ここで一言触れたいのは、特に知的所有権分野に於ける条約は、全て創作者ひいては権利者の保護を厚くする方向にあり、下限を定めるも上限は定めないという不等式の関係にあるということである。そして、これらの規定や前にみた原則に関する規定からみても、TRIPS協定による各国の知的財産法の調和を行うに際し知的財産権保護が各国の政策的決定に委ねられ、属地主義が原則的に認められていることは否定できない。この解釈は、3条で定められている内国民待遇の原則、6条で定められている消尽に関する規定等に鑑みても否定できない。

ホ)以上の原則論を貫くと、我国において成立した特許権等の独占排他権は、他の国において成立した権利とは従属関係になく独立したもので、他国で生じた法律関係や事実関係に直接影響を受けないとするのが原則である。
 従って、権利者の意図しない第三者のルートを経て日本国内に真正商品が流入するいわゆる並行輸入は、少なくとも形式的には日本国内の権利者の権利を侵害することとなる。
 ちなみに、この原則に対する知的所有権分野における例外は、要するに該原則を厳守するのが産業政策上(公共の利益を含む)妥当か否か、若しくは保護対象の本質に鑑み妥当か否かの観点から判断する必要性があると考える。

4.例外論の是非                            

上記原則論をそのまま並行輸入論に適用することが、保護対象によっては何らかの弊害を生む故、種々論議されるに至っている。まず総論的結論をいえば、この問題は、つまり法律論と経済論の戦いであると考える。これを更に具体的にいえば、上に既に言及した如く保護対象自体若しくは権利の本質又は制度趣旨と産業政策との調和点をどこに求めるかの議論と考える。

現在のように経済活動が活発化してくると、確かに世界は一市場ともいえるような状況を形成せんとする動向にある。しかし、これが直ちに世界一権利化を認めたことにはならず、現に有効に働いている条約や法律の解釈を前提に、時代に即応した(早過ぎても、遅過ぎてもいけない)判断がなされるべきと考える。すなわち、現在の国際情勢、各国の置かれている経済状態をも前提に置き、我が国の採るべき産業政策論を掲げるべきと思料する。特に工業所有権法は、種々の面を有しているが総じて産業政策法としての強力な特色を有しているからである。いずれにしても、未だ世界は、完全に一市場化したとはいえず、いえることは経済分野においてのみその方向に向かっているということである。換言すれば、取引経済社会のみが一応一市場化に向かっているといえよう。総合的にみれば、宗教の相違や民族主義の台頭等により世界一市場化は、ほど遠い現状である。従って、例えば後述するEUの如くある程度利害関係を共通にする国が一地域をブロック化することにより一地域のみの一市場化が図られるのは例外的現象である。
よって、上記のようなブロック化された一地域を除き、未だ世界は一市場化されたとはいえないので、いわゆる「世界特許」の如き世界一権利を現在認めることができず、この世界一市場化の問題に関する限り、上記原則論へかえり、全権利について属地主義の原則が適用となり、各国毎に効力を生ずるといえよう。但し、将来条約等により世界特許権や商標権等が認められるに至った場合、一応はこの議論に終止符が打たれる可能性があるが、例えば、現在稼働しているEPC(European Patent Convention)特許の如く、特許された後は各指定国が当該権利の効力(有効性)を判断するとなると、現在の議論状態と何ら変わることはないと考える。

さて、本件テーマにおける例外論の前提として、「国内消尽論」の是非の問題であるが、これについては現在、実施行為独立の原則(特許法第68条、同2条3項各号)の例外として認められ殆ど争いはない。その主たる根拠は、商品の自由な流通の阻害防止と先行投資回収の機会は既に1回保証済ということである。そこで、この国内消尽論が認められるのであれば、「国際消尽論」も法上の解釈として認められるべきではないかとの主張が出てくることとなる。
以下、本論で問題とする各権利について、まず個々的に判例を引用しつつ私見を述べる。

(1)特許権
 特許に関しては、最近の最高裁判決(平成9年7月1日判決)までの判決を時系列的に引用しつつ、その結論及び論拠を示すこととする。

イ)まず、大阪地裁昭和44年6月9日判決のいわゆるボーリングピン事件であるが、この件では、属地主義、特許独立の原則及び特許の制度趣旨を根拠に特許権の並行輸入(正確には、特許権に係る製品の並行輸入)を否定した。
 本件は、特許権者である原告(ブランズウイック社)が、オーストラリアの再実施権者(ブラックロック社)が製造、販売したボーリング用自動ピン立て装置を含むボーリング装置の中古品を香港経由で輸入した被告を提訴した事件である。
 この判決文において注目すべきは、以下の点である(以下、引用判決文中のアンダーラインは引用者)。即ち、『各国における特許権は、国家主権に基づいて付与されるものであり、特許権の効力の及ぶ範囲は、当該登録国の領土主権の及ぶ地域内に限られ、外国には及ばない。それとともに、特許権は、その登録国の特許庁が独自の立場に立って付与するものであるから、同一発明に対し数ヶ国において特許の登録がなされている場合であっても、出願に対し審査主義を採用する国とそうでない国との間では勿論のこと、同じく審査主義を採用する国の間においても、各登録国における先行技術との関係からみても、登録国が異なるごとに特許請求あるいは特許により保護される範囲が各国の特許法により必ずしも同一ではない。故に、各国における特許権はその国の特許法に基づいて存在するものであって、同一発明についての特許権であっても、単に外国で取得した権利を登録国がそのまま承認して保護の地域的範囲を拡大するという関係にあるものではなく、各登録国ごとにそれぞれ異なった内容の権利として観念され、登録国の数に応じた別個独立の特許権が成立し、これらは互いに相侵すことなく無関係に併存し、ある国の特許権について生じた事由は他国の特許権の効力に影響を及ぼさないものと解すべきである。わが国の加盟しているパリ同盟条約(工業所有権の保護に関する1883年3月20日のパリ条約)第4条の2が、「(1)各同盟国における出願に係る同盟国の国民の特許権は、同一の発明について他の国において取得した特許権から独立したものとする。(2)(1)の規定は、厳格に解釈するものとし、特に、優先期間中の出願に係る特許権が、無効又は消滅の理由についても、また、通常の存続期間についても、独立のものであるという意味に解釈しなければならない。』と述べ、正に上述した原則論と同一の理解にある。特に、「特許権は、国家主権に基づいて付与されるもの」という点は、属地主義等を論ずる大前提であり、当該一国の産業政策上の観点から特許権が付与されるものであるという点を加味すれば、他の下線部をも含め、私見と基を一にするものである。
 また、特許権の消尽(消耗)について触れ、『特許権消耗論は基本たる特許権そのものに関するものではなく、当該製品限りのものである。しかし、前述のように特許権には地域上の制限があり、各国の特許権は互いに独立しているから、特許権消耗の理論が適用されるのは、その特許権の付与された国の領域内に限られると解すべきである。そうだとすれば、ある製品につき一国の特許権の消耗を来すべき事由が生じたとしても、これにより当然他国の特許権もまた消耗すると解すべきいわれはない。本件において、原告のオーストラリア特許権の実施権者であるブラックロック社の手によってイ号装置が同国内で正当に販売されたことにより、右製品に対する原告のオーストラリア特許権は消耗したと認めることができるが、ブラックロック社は原告からブランズウイック・ボ−リング装置に関する特許発明の実施許諾を受けたBICA社から、実施地域をオーストラリア等に限定してその再実施許諾を受けた者にすぎないことは既に認定したとおりであり、右再実施許諾が日本における実施まで許諾する内容のものであったとは到底認められないから、イ号装置に対する原告の日本特許権の効力は、ブラックロック社のオーストラリアにおける同国特許権の実施によって何等影響を受けるところがないものといわなければならない。』とする。確かに上記下線部の如く、権利消尽理論は、当該権利そのものに関するものでなく、当該製品限りである。従って、他国へ該商品が流入した場合、当該国の権利が該商品に及ぶとするのが原則であるが、それが、真正商品故に、特許権ないし発明の本質や産業政策の見地から見た場合なお、当該並行輸入を否定することの是非が更に問題となるわけである。
 更には、特許制度の趣旨についても触れ、以下のように述べている。すなわち、『特許権が他人の競業を排除する意味で国内における自由な競争の領域を狭めることは、特許制度が本来それを予定しているところであり、また、各国の特許法は自国の産業保護立法の色彩を有し、多かれ少なかれ国際間の自由競争とは相容れない性質を備えているのである。近時国際間の通商貿易の拡大によって流通市場の国際的統合化現象が進展しつつあること、国際的規模を有する大企業が各国において得た特許権に基づき、製品を販売し、輸出し、あるいは傘下企業をして特許権を実施させることにより国際的市場においての優越的地位を獲得しようとしていることはいずれも顕著な事実であるが、このような特許権の経済的利用方法も、それが特許法が認めた固有の権利内容の実現行為の範囲内に止まる限りは、これを抑止すべき理由を見出しえないのである。また、特許権が取引の安全を阻害することを免れないのは、例えば国内において製造販売された特許の侵害品を善意で買い受け業として使用する場合においてもみられる問題であって、特に国際的取引の場合のみに限って生ずる国際特許法固有の問題ではない。要するに、被告の指摘する諸点は、すべて特許制度の反面として認容されている必要悪ともいうべきものであって、これを不合理として内国特許制度そのものの否定に通じる議論であるといわなければならない。』と。ここで付言したいのは、そもそも特許制度は、新規な発明を公に公開する代償として一定期間独占排他権を付与する制度であるという点である。公開することが即ち公に貢献することになるのであり、もしこのような代償なかりせば、発明(知的創作)は、秘密裏に眠ってしまうか、世に出ても模倣盗用がまかり通り却って不正競争を惹起し、正常な取引秩序は維持できないこととなる。従って、上記の判旨に於ける特許の制度趣旨からの判断は、少なくとも現在の理解では正当化できると考える。
 また、商標権について言及しており、『商標権については、いわゆる真正商品の輸入が国内の商標権の侵害を構成するか否かの問題につき、ヨーロッパの諸国において属地主義の適用との関連をめぐって相対立する見解が公表されているが、右問題を消極に解する議論も、その多くは、商標制度の目的が専ら商品の識別機能による需要者の保護にあるとし、これを出発点として、各国の市場が統合化されつつある現代においては、商標権の属地主義も国際間の自由取引の前には一定の譲歩をなすべきであると結論するものであって、商標と全く制度の目的、本質を異にする特許について、右の理論を類推するのは正当でない。』とする。正しく正論であり、本稿で私が主張せんとする論点の一つである。つまり、本質を異にするものを同列で議論することは、議論の前提を誤るものである。
 本判旨の最後にまとめとして、『そもそも、工業所有権制度は、各国の歴史的、社会的、経済的な基盤の上に立脚するもので、それぞれの実情に応じた特色を有しているのである。国際的通商貿易の拡大に伴って流通市場の国際的統合化現象が進展しつつある折柄特許権の属地主義、特許独立の原則を貫くときは、同一発明に対する多数国の特許群を擁する世界的企業の国際的市場への進出が、自由競争を圧迫する弊害をもたらすことがあるであろう。しかし、独占の弊害の防止を図るに急な余り、当該企業の有する内国特許権に対する保護を軽んずるときは、却って特許制度の本旨に添わない結果をもたらすことになる。』という。この中では、市場の国際的統合化現象が進展しつつあることと、特許権、特許独立の原則を貫くことの自由競争への弊害について理解を示した上で、「この弊害防止を図るに急な余り」特許の制度趣旨が没却されることを危惧している点に説得力がある。この視点においても、上記私見と基を一にするものである。
  ここで、属地主義及び特許独立の原則を改めて確認しておきたいが、上記判旨は、両原則を根拠に特許権の並行輸入を否定する見解と捉えられることが多いようであるが、しかし、本判旨は、属地主義と特許独立の両原則を正確に捉えた上で、特許制度上の趣旨、即ち国内法の解釈の観点から国際消尽論を否定しており、その解釈・適用に誤りはないと考える。ただ、これら両原則があたかも直接の根拠の如く判読されてしまう点に問題があろう。本判旨の見解は、上記(P9)下線部の「各国における特許権は・・・存在するもの」、「各登録国ごとにそれぞれ・・・これらは互いに相侵すことなく無関係に併存し、・・・他国の特許権の効力に影響を及ぼさないのもと解すべきである。」並びに「特許権消耗論は、・・・特許権消耗の理論が適用されるのは、その特許権の付与された国の領域内に限られると解すべきである。」等に表われている。加えて、これに続けて、「ある製品につき一国の特許権の消耗を来すべき事由が生じたとしても、これにより当然他国の特許権もまた消耗すると解すべきいわれはない。」(波線は引用者)として、従属関係を否定し、ひいては国内法の問題故に並行輸入の是非へと進んでいると解する。
 ところで、上記両大原則を直接的根拠に特許権の並行輸入を否定する見解は、今回のBBS事件の第1審乃至最高裁全てにおいても採用されていない。
 まず、(a)属地主義に関してであるが、本原則は、上記の如く法の適用・効力範囲がその定立された国家領域内に限られることを指称する。外国でなされた事実に法的効力は及ばず、国内にあっては我国国内法が適用され、該国内法下に成立した権利を法定のとおり権利行使できるとするのは原則論であり、その範囲において妥当である。従って、外国にて「適法」又は「違法」に製品が拡布された如何を問わず、我国への「輸入」行為(特許法第2条3項各号)を以て権利侵害を認めることができることは上記原則論の通りである。その意味では、本件ボーリングピン事件は、次の特許独立の原則の考えと相まって純理論的な判断といえる。
 この属地主義の根拠ないし根拠規定については、原則論にて述べたが、更にここでその理由について言及したい。すなわち、まずパリ条約第2条であるが、同条(1)においては、「この条約で特に定める権利を害されることなく」、「内国民に課される条件及び手続に従う限り」、「内国民と同一の保護を受け、かつ・・同一の法律上の救済を与えられる」とする。他の同盟国民に保護を求めている国以外の他国の法を適用するというのでなく、保護を求めている国の法、即ちその内国民と同一の法上の保護及び救済が受けられるというにすぎない。外国人ということのみを以て差別されない意である。内国民待遇、内外人平等の原則といわれる所以である。実際に行なわれるか否かは別として外国人を内国民以上に保護することはもとより自由であるが、並行輸入に対し権利行使を認めることは、通常の権利行使と何等変わらず、平等の取り扱いである。並行輸入の問題は、外国で特許権に基づく商品を拡布した者(通常は外国人)、と我が国の特許権者が同一人(若しくはその専用実施権者)であることが前提だからである。以上の解釈からも伺い知ることができるように、属地主義の精神そのものが反映している条項といえよう。
 なお、属地主義は、あくまで原則であり、領土主権の及ぶ範囲外、即ち外国で発生した事実(例:特許法第29条1項3号)を引用して法を適用することが公益上妥当であるか、法の適正な運用が図れるような場合は、域外適用も可能と解される。また、外国法を適用又は引用することが妥当と判断される場合も例外として同様である。
 更に、特許独立の原則にも属地主義の思想(根拠)が表われていると上述したが、これはパリ条約3本柱(内外人平等の原則、優先権制度、特許独立の原則)の相互関係にあり、上記原則論に述べる如く独立の原則は、優先権制度による従属関係の誤解を解消すべく採用、即ち内外人平等の原則を確認すべく採用された原則であるからである(内外人平等の原則と属地主義との関係は既述)。
 他方、(b)特許独立の原則(パリ条約第4条の2(1))についてであるが、該原則の解釈について定める第4条の2(2)には、「(1)の規定は、絶対的な意味に、特に優先期間中に出願された特許が、無効又は消滅の理由についても、また、通常の存続期間についても、独立のものであるという意味に解釈しなければならない。」とある。ここで最も重要な文言は「絶対的な意味に、・・・解釈」である。すなわち、これは、技術を対象とする特許(出願した特許、及び取得した特許)が、他の知的創作物と比較して特に利害の対立が激しいからである。ちなみに、この独立の原則規定は、相対的な執行規定ではなく、強い執行力を有する自己執行的規定(Self-executing)である。従って、その適用は、厳格なものでなければならず、例外は別途条約(特別取り決め)にて締結されたもの、例えば国際特許出願(PCT:特許協力条約)の如く本原則の例外適用可能な場合のみ例外が認められると解される。ちなみに、商標独立の原則(パリ条約第6条(3))においては、特許の場合と異なり上記「絶対的な意味に・・・」のような文言はない。
 また、上記第4条の2(2)の後段「特に・・・」以降は、注意すべきものを例示的に列挙しているのであり、これらに限定されるものではない。よって、原則論として、権利の存立、効力等の関係において従属関係はないということができ、絶対的な意味に解されねばならない。
 ところで、このボーリングピン判決で興味深いのは、昭和40年代の経済情勢を反映している点も否定できない。すなわち、日本は、戦後一貫して、国際競争力の源泉をコストに求めてきた。外国から技術導入しこの技術を利用すると共に、戦後初期には、低い労働力コストや海外から安い原材料を輸入することにより、石油ショック以後は主として規模の経済性により、コストを可能な限り低下せしめ、海外に競合企業よりも価格の安い製品を輸出し、輸出により得た利益を国内に投資し産業を発展させ、高い経済成長を達成して来たわけである。このような産業政策を採る場合、あくまで一国産業の発達という点に主眼を置いて特許権のあるべき姿を考慮し、運用すべきであろう。なぜならば、我国戦後20〜30年は特に、西欧諸国に追いつけ追い越せの時代であり、我が国の高度成長を成し遂げねばならなかったが、そのためには、開発力の優れた先進国の日本への進出により特許権等のシェヤが支配されてしまう畏れがあるからである。また、特許権の保護範囲が狭ければ、国内企業は、特許発明を少し改良しただけで、特許権の保護範囲外となり、場合によっては国内企業はその改良について権利化でき、外国特許権者の影響力を減ずることが出来る。また、その改良発明に基づく権利化により国際競争力が強化され、輸出をも伸ばすことが可能となるからである。ちなみに、当時頃までの技術開発力の弱い日本は、当時の技術力でも可能であった程度の実用新案制度により、上記の目的を達成してきた点も参考になろう。
 他方、特許権の並行輸入に関しては、弱い日本国内の製造業保護育成のために、否定する方が国益に合致(上記の観点とライセンスを取得した日本企業の繁栄)していたのであり、昭和40年代における特許権の並行輸入問題は、特許権自体の問題もさることながら、特に国内産業保護の観点から、国際的消尽論を否定し、もって、特許権の並行輸入を否定したという側面が強かったと言える。問題は、現在この使命が終了し、上記国際法上の大原則がそれにより変容しているか否かである。結論的には、この経済的使命は一応終了しているが、しかし、少なくとも特許の分野においては、国際的視野から見た場合、上記説明の観点から国際法上の大原則は未だ変更されたといえる段階ではないと思考する。この大原則が変容を来すためには、新たな条約の締結や改正があれば無論のこと、世界一市場化が進み経済統一法の必要性ないし運用改正の必要性が到来した時であると考える。
 以上を総合すると、本件判決は、法理論としても、産業政策的にも当時の社会情勢にマッチした妥当な判断と考える。知的所有権なかんずく工業所有権にあっては特に、その依拠する法律がその当時の社会情勢、経済情勢等に影響されやすく、従ってその時代に即応した法律や運用でなければならない(工業所有権法が産業政策法ともいわれる所以)が、本件判決は、見事それを為し得ていると言えるからである。。

ロ)これに対し、平成4年に訴えが提起され、正面からいわゆる並行輸入の是非が論じられたアルミホイール並行輸入事件(以下単に、BBS事件乃至BBS判決という)がある。本件は余りに有名な事件故に事実関係の説明は不要と考えるが、一応概要を述べると、ドイツの会社である原告(BBS社)は、自動車のホイールについて日本とドイツ国において特許権を有し、原告は、その特許発明に係るホイールをドイツ国内で製造・販売したところ、被告(並行輸入業者及び国内販売業者)は、当該商品を日本国内に輸入し販売したという事件である。
 まず、BBS第1審判決(平成6年7月22日判決)は、結論的には特許権に基づく真正商品の並行輸入を否定しているが、特許法の制度趣旨又は解釈によりアプローチする考え方が取られている。
 すなわち、東京地裁は、本論において既に上述した如く、特許法第26条及びパリ条約4条の2を引用し、検討がなされている。まず、同第4条の2を引用し、『この規定は、特許権の相互依存(非独立)は条約の精神に反するとの考えから設けられたものであり、ここで念頭におかれている独立とは直接関係ない、個々の転々流通する実施品に特許権を行使し得るかという特許権の行使の可否の問題について規定しているわけではないと解すべきものである。したがって、甲国内で甲国の特許権を有する特許権者が適法に拡布した製品について、右適法な拡布を理由として、我国における特許権を行使し得ないものと解することが、パリ条約4条の2の規定によって否定されるわけではない。』とする。要するに、ここでは同第4条の2は、特許権の存立に関する規定であり、この存立と直接関係のない実施品についての権利行使の可否を定めたものではないとするものである。しかし、これは、列挙された文言と狭義の立法趣旨に拘泥するもので妥当でない。まず、根拠とする同第4条の2(2)の規定は、「特に」とあるように、存続ないし存立的事項は、例示列挙であると解すべきである。すなわち、特に問題となったことを列挙したにすぎない。加えて、本条が規定された1900年が同盟のある国の特許権が他の同盟国に及ぶを良しとする時代ではなかったことにもよる。従って、「権利の効力」については除外されていると解するのは形式的に過ぎ、条約や法の歴史を無視するものと考える。
 また、属地主義の原則についても検討がなされており、『属地主義とは、国際私法上の一原則であって、・・特許権についていえば、その成立、移転、効力などをすべてその権利を付与した国の法律によって決定し、且つその効力はその領域内に限られることを意味する。したがって、我が国に於ける特許権者が我国内でその権利を行使することに関し、我国の裁判所が、我国の法の解釈として、権利行使の対象となっている製品が、同一の発明について外国で付与された特許の実施品でああり、当該国で適法に拡布されたものであることを考慮して権利の行使を制限することも属地主義の原則に反するものではない。』とするが、まず以て該属地主義の根拠規定が示されてない。即ち、我国裁判所が我国の法解釈として、権利を制限することも自由とするが、上記原則論にて述べる原則を踏まえた上での独占排他権の効力を制限しうる明確な根拠付けがない。
 よって、上記の2つの原則に対する見解には、疑問なしとしない。
 次いで、我国特許法の解釈として、真正商品の並行輸入が特許権の侵害を構成するか否かの検討がなされている。即ち、要部のみを引用すると、『我国における特許発明と同一の発明について外国で特許権を有する者自身又はその外国の特許権者から許諾を受けた者が外国で販売した特許発明の実施品を、業として我国へ輸入し、販売し、使用する行為が、特許法2条3項1号所定の発明の実施に該当し、文言上、我国の特許権者の有する特許発明を実施する権利の専有を侵害するものと解されること及びそのような行為が特許権の侵害とならないとする明文の規定がないことは、(1)に説明した場合と同様である。そして、外国における特許発明の実施品の譲渡によりその国における特許権が用い尽くされたことを理由として、我国への当該商品の輸入や、我国での販売、使用が我国での特許権の侵害に当たらないとすることが、「発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もって産業の発達に寄与する」との特許法の目的に沿うものとも、特許制度による特許権者と社会公共の利益の調整についての国際社会における意識に合致するものとも認められない現在においては、特許法の文言のとおり、当該商品の輸入、販売、使用は我国の特許権を侵害するものというべきである。』とする。原則通り、特許法を適用すべきという根拠を示しているが、けだしこの点は正当な結論といえよう。なぜならば、真正商品の並行輸入について、侵害成否の明文がないことに加え、そのような行為を正当化すべき特段の社会的事情も(少なくともこの時点において)存在しないからである。
 更には、国際的消尽論について言及し、『現在の世界の特許制度は、世界をひとつの法域として一個の特許制度があるのではなく、各国がそれぞれ国内で効力を有する特許制度を有するものであり、従って、新しい技術を公開して技術の進歩と産業の発展に寄与した者にその代償として特許権という独占権を認め、発明のための投資の回収と利益獲得の機会を与えるという、特許制度の存在理由も、国毎に考えられるものである。同一の発明について複数の国で特許されることを望む者は、各国に出願し(あるいは、国際出願後各指定国において所定の手続を経て)、各国で独立に特許の要件を経て特許を受けることを要するのであり、同一の発明について複数の国で特許権を得た者は、それぞれの国における技術の公開によるその国の技術の進歩と産業の発展への寄与の代償として、付与された特許権の効力により、当該特許発明の実施品である商品のその国への輸入や最初の譲渡をその国毎に支配することが認められているのである。我が国の特許法もこのような状態を当然の前提として立法されたものであり、現行特許法の立法当時外国における特許権者自身又はその者から許諾を受けた者が外国で販売した特許発明の実施品を、業として我が国へ輸入し、販売し、使用する行為が、同じ発明について我が国の特許権を侵害するものでないと解すること(特許権の国際的消尽)が我が国における共通の理解であったものとは認められない。』とした。
 このように、特許権の国際的消尽論の是非に関する問題は、特許法の制度趣旨との関連から結局は各国の産業政策の問題となり、特許権者の収益の最大化という供給者側の要因を重視すべきか、密接に関連し合っている各国市場間を自由に流通させるべきという需要者側の要因を重視すべきかという点が問題となる。そして、この点を考慮するには市場の供給者側の要因及び需要者側の要因を検討しなければならない。
 東京地裁は、上記の点に関して審理が行われたのを受けて、以下のように述べる。すなわち、『また、国際的消尽論を認めず、特許権者が真正商品の並行輸入を差し止められるとすれば、外国で自ら拡布した製品について、再度他国で同一発明について特許権を行使し得るということになり、その結果、商品の自由流通が阻害され、特許権者に国別の市場支配を許し、同一商品の内外価格差が維持され、あるいは独占価格によって我が国消費者の利益を害するおそれがある等被告らが前記第二の二1(一)(2)に主張するような問題点が指摘される一方で、原告が第二の二1(二)(3)に主張するようにライセンス契約を締結する動機づけが高まり、国毎の手続の特性に応じた多様な新技術の出現が可能となり技術の進歩に寄与するとの指摘もいちがいに理由のないことと言えず、逆に国際的消尽論を認めて、特許権者が並行輸入を差し止められないとした場合、商品の流通を促進し、内外価格差のある商品に一定の価格競争が行われる可能性があり、消費者の利益になるとしても、原告が前記第二の二1(二)(3)に主張するように、我が国のライセンスの動機が弱まり、技術発展の契機が失われ、仮にライセンスが行われる場合にも、諸外国においても並行輸入が認められれば、我が国の特許権についてライセンスをすることは、全世界への輸出を承諾することと同様になり、許諾料もそれに応じて高額とならざるを得ず、その支払いが可能な大企業が実施権者となることより、長期的にはかえって大企業に世界市場を独占させ、選択的市場を促進しようとする中小企業の発展を阻害するとの見解もあり』と述べ、国際的消尽論を肯定した場合及び否定した場合の功罪につき検討した後、『真正商品の並行輸入を認める場合に、もたらされる結果、ことにそれが我が国の産業に短期的、長期的に及ぼす影響については十分な認定資料がなく、現段階において、並行輸入を認めることが、「発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もって、我が国の産業の発達に寄与する」という特許法の目的に沿うものということは出来ない』とし、特許権の国際的消尽論を否定した。
 すなわち、上記東京地裁の論理は、特許権の制度趣旨に鑑みれば特許権者の収益の最大化という供給者側の要因を重視すべきことが原則であり、特許権の並行輸入に関して市場の供給者側の要因が経済に与える影響を客観的に計測することは困難であるいうことから、国際的消尽論を肯定した場合に投資意欲若しくは創作(発明)へのインセンテイブが阻害されないという因果関係が明らかに証明出来ない限り、この歴史的所産としての特許制度の制度趣旨を尊重して、国際消尽論を否定すべきとする点にあると思われる。本件判決も、上記見地より妥当な判断と思考する。未だ世界が完全若しくはそれに近い形で一市場化(ボーダーレス化)しておらず(但し、方向がその方向にあることは否めない)、世界一権利を設定していない現状では、並行輸入の無条件許可は時期尚早であると考える。

ハ)次に、BBS東京高裁判決(平成7年3月22日)は、結論において先のボーリング用自動ピン立て装置事件及びBBS地裁判決を覆す、即ち並行輸入を肯定するという画期的な判決を出した。上記と同様、要部を引用しつつ解説する。
 まず、高裁は、被控訴人が、国際的消尽は、特許独立の原則及び属地主義の原則に反するものであるから肯定する余地はないと主張することから、この点について検討している。すなわち、『パリ条約4条の2が、各国の特許の独立、すなわち、いわゆる特許独立の原則を定めた規定であることはその規定内容に照らして明らかである。すなわち、この特許独立の原則は、特許権の成立、効力、消滅等は全て各国ごとに独立であり、自国の特許権に対して、他国における特許権の変動が何らの影響をも与えるものではないことを規定したものであることは、その規定内容に照らして明らかなところである。したがって、甲国における特許権が同国内における特許製品の適法な拡布によって当該製品について消尽したことにより、同一人が有する甲国における右特許権と同一内容の乙国における特許権も当該製品について当然に消尽するとの理由で特許権が国際的に消尽すると解するならば、かかる見解は特許独立の原則に反することは明らかである。』とする。特許独立の原則(パリ4条の2)の内容として、特許権の存立のみならず、特許権の効力まで当然に含めている点は既述の見地より妥当である。そしてこの独立の原則と他国での消尽との関係は、仮定とはいえ説得力のある解釈と考える。なぜならば、この点のみに限ると、他国内での消尽という事実には特許独立の原則の見地からは、権利の存否の影響や効力は及ばず、無関係の意であると解されるからである。即ちこの延長線上で、我国の特許法の解釈により決せられるべきとの判断へ移行することとなる。
 次いで、属地主義の見地から検討がなわれ、『属地主義の原則についてみると、同盟国の国民に対する内国民待遇の原則を規定するパリ条約2条や前記4条の2の規定等に照らすと、我が国の特許法も、同法の適用及び効力範囲を我が国の領域内に限って認める旨のいわゆる属地主義の原則を採用していることは明らかである。』とし、属地主義に関し正に上述の私見と同一の法的根拠(パリ条約第2条、第4条の2)を見いだしている。そして、他国での消尽の結果を自国へ持ち込むことが属地主義に反する小結論へと導かれることとなる。
 そうであれば、結局我国内法の解釈の問題ということになり、以下の如く続ける。すなわち『特許独立の原則及び属地主義の原則に照らすと、我が国の特許法によって成立した特許権の効力は我が国の特許法の解釈によって決せられるべき問題であるから、我が国で成立した特許権の効力範囲を定めるに当たって、外国で行われた特許製品の適法な拡布の事実を考慮することが許されるか否かの問題は、正に、我が国特許法の解釈問題である。』として、法上、規定の存在しない国際間で生じた真正商品の並行輸入問題をどのように国内法で結論づけるかということとなる。
 国際的消尽論へ移行するに際し、まず、『特許権者等が特許に係る製品を拡布する際には当該製品価格を、特段の法的規制がない限り、その自由な意思に基づいて決定することができ、従って、特許権者等は、右拡布の際に、当該発明を公開した代償も合わせて製品価格に含めることが可能となり、拡布後の製品の流通過程において、特許権者等に二重の利得の機会を認めるべき合理的根拠は存しない。そこで特許権者等には、特許に係る製品を拡布する際に、発明公開の代償を確保する機会が保障されている以上、その保護は、右機会の保障をもって足りるものとする事が、両者の利益保護の調和点として最も合理的であるとの判断に基づくものと解される』とし国内消尽論の根拠を明らかにした後、次に、『特許権者は、国外においてであっても、拡布の際に、発明公開の代償を含めて特許に係る製品価格を自由な意思に基づいて決定することができる場合においては、発明公開の代償を確保する機会が保障されているということができるから、前記国内における消尽の場合とその利益状況は何等異なるところはない。すなわち、特許権者による発明公開の代償の確保の機会を一回に限り保障し、この点において産業の発展との調和を図るという前記の国内消尽論の基盤をなす実質的な観点からみる限り、拡布が国内であるか国外であるかによって格別の差異はなく、単に国境を越えたとの一事をもって、発明公開の代償を確保する機会を再度付与しなければならないという合理的な根拠を見いだすことは出来ないというべきである。そして、このことは、我が国の経済取引において、取引の国際化が極めて広範囲、かつ、高度に進展しつつあるとの公知の現代の国際経済取引の実情を踏まえると、より一層強い妥当性を有することは明らかなところである。』として国際的消尽論を肯定する。
 確かに、国際経済取引は、世界を一市場として行なわれることを理想とし、その方向に進んでいることが明白であることから、国際消尽論を是とすべき、若しくはしたい解釈も理解できないではない。しかし、現段階では未だ国境は経済的にも一つの経済圏として重要な要素であって、「単に国境を超えたとの一事をもって・・・」と言えないと考える。なぜならば、特に、特許独立の原則について触れた点に加え、後述のヨーロッパEU諸国の如く、経済関係において国境を同盟国内でのみ取り払った場合(一つの経済圏)を除き、未だ世界が完全に一市場化したとは言えず、企業における不利益も多大なものといえよう。例えば、上記BBS東京地裁判決にいう「我が国の特許権についてライセンスをすることは、全世界への輸出を許諾することと同様になり・・・etc.」の例や、必然的に商品の価格差を生ずる場合、即ち例えば、米国企業Aの日本に於ける販売代理店Bが米国より製品を輸入・販売し、若しくはしようとしていた場合、該米国企業Aよりライセンスを受けたマレーシアの企業Cがマレーシアにて製造した商品を第三者Dを経て日本へ廉価で輸入されるような場合、該日本の販売代理店Bは、当初の事業計画を見直さなければならないのみか、当該提携契約等を撤回せざる得ない事態も考えられるからである。
 また、「発明公開の代償を確保する機会を再度付与・・・」という点にも疑問なしとしない。なぜならば、他国での公開(通常は公開公報への掲載)であっても文献公開であれば新規性を喪失する(特許法第29条1項3号)が、ここに「公開代償」とは、我が国特許制度下であれば、日本国内での公開を意味し、この公開の代償として独占排他権たる特許権が付与されるのである。従って、外国の公開公報に掲載されたからといって、我が国での新規な技術の開示(disclose)にはならず、一般的にいって我が国民はそれによって恩恵を受けたとは言えないであろう。例えば、日本国民の50%以上の者、あるいは教育水準にして平均以上の者が日本語と同様若しくはそれに近い程度に例えば英語を理解するような状態、即ち外国(英文)の公開公報を判読可能となれば、英語圏との関係において本件高裁判決のようにいえよう。つまり、言語の種類によっても状況は異なってくるのである。従って、一般に英語よりも距離のあるドイツ語、フランス語、スペイン語等においては一層私見のようなことが言えるであろう。すなわち、外国に於ける発明公開代償の見解を持ち込めるのは正に極例外的な場合に限られるであろう。以上はつまり、公開代償を「再度」付与することにはならないということである。
 よって、本件高裁判決理由における国際的消尽論肯定説は納得できず、肯定することも時期尚早と考える。
 何れにしても、本件高裁の判旨は、多分に総論的で、抽象的であるとも考える。
 ちなみに、近時、国際消尽論に立って微細な分析を行っている見解もあるが、国際消尽説に立ち、実施品が実際に拡布された外国と輸入された日本の各特許法における権利保護の態様を勘案して消尽の成否を決するという見解には賛成できないと考える。「あまり細かな問題を斟酌していると、取引時に消尽の成否についての予測可能性を奪うことになり、取引の安全を保障する消尽理論の趣旨に適合しなくなる」(田村:機能的知的財産法の理論P254参照)からである。但し、このような見解が、産業政策論(経済論)と本質論(法律論)の調和を図らんとするものであれば、もとより妥当な分析と考える。

  ニ)更に、BBS最高裁判決(平成9年7月1日判決)においては、時代の変遷という位置づけ、即ち現在の国際情勢下でのあるべき姿として一応妥当なラインと考える位置での結論であると考える。なぜならば、上記高裁判決の如く、一足飛びに特許権に関する事例であるにも関わらず、国際消尽を肯定し並行輸入を是とすることは、時期尚早と考えるからであり、最高裁判断の苦心が伺い知れるからである。
最高裁は、まず国内消尽の認められる根拠を明確にした後、『しかしながら、我が国の特許権者が国外において特許製品を譲渡した場合には、直ちに右と同列に論ずることはできない(ここで、右とは国内において、特許製品が譲渡された場合を指す。)すなわち、特許権者は、特許製品を譲渡した地の所在する国において、必ずしも我が国において有する特許権と同一の発明について特許権(以下「対応特許権」という)を有するとは限らないし、対応特許権を有する場合であっても、我が国において有する特許権と譲渡地の所在する国において有する対応特許権とは別個の権利であることに照らせば、特許権者が対応特許権に係る製品につき我が国において特許権に基づく権利を行使したものとしても、これをもって直ちに二重の利得を得たものということはできないからである。』とし、国際消尽論を否定した。この二重利得否定説も私見の公開代償説(正確には外国での公開代償否定説)と相通ずるものがあるが、私は、いわゆる権利者(供給者)の立場のみからの見解でなく、一般取引・需要者を含む国民の立場から特に主張したい。即ち、上記(高裁判旨反論)に補足する形になるが、A国での公開は、必ずしも、B国での公開(開示)になっていないのに、A国での公開代償を以てB国にも充当することは、B国の国民のため(益)にならず、不当な判断であるということである。
 そして、上記の見地から最高裁は国際消尽論は否定したが、国際経済取引が極めて広範囲、且つ高度に進展しつつあるも、現状としては依然として妥当な判断と考える。但し、最高裁は、以下に述べるように、特許権者・譲受人間の特許製品の譲渡契約を合理的意思解釈を根拠に、内国特許権の行使に一定の制約を加える。
 すなわち、『国際取引における商品流通と特許権者の権利との調整について考えるに、現代社会において国際経済取引が極めて広範囲、かつ、高度に進展しつつある状況に照らせば、我が国の取引者が国外で販売された製品を我が国に輸入して市場における流通におく場合においても、輸入を含めた商品の流通の自由は最大限尊重することが要請されているものというべきである。そして、国外での経済取引においても、一般に、譲渡人は目的物について有するすべての権利を取得することを前提として、取引行為が行われるものというところ、前記のような現在社会における国際取引の状況に照らせば、特許権者が国外において特許製品を譲渡した場合においても、譲受人又は譲受人から特許製品を譲り受けた第三者が、業としてこれを我が国に輸入し、我が国において、業として、これを使用し、又はこれを更に他者に譲渡することは、当然に予想されるところである。
 右のような点を勘案すると、我が国の特許権者又はこれと同視し得る者が国外において特許製品を譲渡した場合においては、特許権者は、譲受人に対しては、当該製品について販売先ないし使用地域から我が国を除外する旨を譲受人との間で合意した場合を除き、譲受人から特許製品を譲り受けた第三者及びその後の転得者に対しては、譲り受け人との間で右の旨を合意した上特許製品にこれを明確に表示した場合を除いて、当該製品について我が国において特許権を行使することは許されないものと解するのが相当である』とした。
 上記判決の論理から言えば当然特許権者・譲受人が上記契約で別の定めをすれば、別の解釈が成立することになる。上記立論から予想しうるように、具体的には『特許権者が留保を付さないまま特許品を国外において 譲渡した場合には、譲受人及びその後の転得者に対して、我が国において譲渡人の有する特許権の制限を受けないで当該製品を支配する権利を黙示的に授与したものと解すべきである』とする。また最高裁は、『特許権者の権利に目をむけるときは、特許権者が国外での特許製品の譲渡に当たって我が国における特許権行使の権利を留保することは許されるべき』とした。これは、各国の市場ごとに特許発明の対価を受け取ることによって収益を最大化するか、国外への輸入を許すかわりにその分特許発明の対価を増額するか、それとも一挙に我が国も含めた一定の域内で実施することを認めてそれに相当する対価を取得するのかを市場の環境及びその製品の特質を考慮の上特許権者の意思に委ねたものである。
 そして、更にこれに続けて、国際的取引の安全の観点から、『特許権者が右譲渡の際に、譲受人との間で特許製品の販売先ないしは使用地域から我が国を除外する旨を合意し、製品にこれを明確に明示した場合には、転得者もまた、製品の流通過程において他人が介在しているとしても、当該製品につきその旨の制限が付されていることを認識しうるものであって、右制限の存在を前提として当該製品を購入するかどうかを自由な意思により決定することができる』とした。
 この最高裁の判旨については、特許法の制度趣旨に鑑みた国際的消尽論の否定を中心に概ね同感というところであるが、以下の点に疑問を有する。即ち、判旨は、結局特許権の並行輸入を条件的(制限的)に肯定若しくは否定しているが、この条件を、「我国を除外する旨を合意・・」した場合という私的契約に求めている点は良しとしても、「製品にこれを明確に明示した場合」とするのは、明示の手段等を考察した場合、常に明示の状態が維持されるとは限らず問題なしとしないからである。すなわち、転得者が当該留保国を常に確認しうるか否かが問題であり、いずれにしても当該表示方法に問題が残る。しかし、国際的消尽論を否定した上で、国際商取引の自由を尊重するためには、現状に置いてこのような手段のみしか存在しないように思われる。その意味で、上記の如くこの最高裁の判断は、極めて正論であり、現在の取引の実情と法解釈のあり方として極めて妥当な線と考える。
 ちなみに、この最高裁判決は、上記の「条件付き並行輸入是認」、又は見方を変えれば「条件付き並行輸入否認」であるので、一般にいわれている「最高裁、並行輸入是認」は不正確な表現といわざるを得ない。
 尚、実用新案権については、保護対象たる考案が、一般に特許法のそれ(発明)より程度の低いものが多いが、共に抽象的な技術的思想の創作であるので、特許権についての見解と同様とする。

ホ)尚、特に、特許に関する微細な問題点であるが、並行輸入是非論の前提でもあるので以下、簡単に述べる。
   (a)まず、『是非はともかくとして、「真正商品の並行輸入」として認められるためには、当該輸入に係る商品に特許権者等の意思が介在しなければならないのか』について。
 「真正商品」とは、上記のように正当権利者が該商品を流通過程に乗せたそのものをいうが、換言すれば、正当権利者の意思が介在し、該商品が流通過程に乗り、第三者のルートで例えば我が国に輸入された場合がいわゆる「並行輸入」である。従って、原則的に正当権利者の意思が直接、間接に介在しない場合は、「真正商品の並行輸入」の問題は生じないと考える。
 物権的なもの(専用実施権)であれ、債権的なもの(通常実施権)であれ、許諾契約に基づく実施権が典型的な意思の介在である。このようなライセンスの形態で製造ないし生産された商品が、流通過程を経て第三者により他の国へ輸入されるわけである。特許権者や商標権者等の正当権利者は、この商品が自ら若しくはライセンシーの手で生産されたことは知っているが、その後他の国へ輸出(輸入)されることまでは知らないため、意思の介在が問題とされる。
 また、上記の典型的形態に対し、例外的に本人の意思が介在しない場合、例えばいわゆる強制実施権のような場合が存在する。例えば、(1)有用な特許発明が不実施の状態で眠っているような場合(我国特許法第83条参照)、(2)他人の特許発明ないし特許権と利用・抵触の関係にある場合(同法第92条参照)、(3)特許発明が公共の利益と密接な関係があるような場合(同許法第93条参照)等にあっては、裁定等の請求により国が強制力を以て、他人に実施する権利(通常実施権)を付与する制度が多くの国に存在する。このような場合確かに権利者の積極的意思は介在していないが、実施権の設定に当たっての方向付けが異なるのみで、当該設定行為(裁定の通知、原簿への記載等)を本人は知り得るので間接的に本人の意思は介在していると解する。 
(b)更にもう一点、『完成品の全くの部品ないし極小部位に特許権が存在している場合、本件並行輸入の 問題が生ずるか』権利が存在する以上、問題を生ずるであろうから、簡単に言及する。
 製品(商品)の全体について、又はそのほとんどの部分、若しくは主要な部位について特許権が成立している場合は、それほど問題はないが、上記のような場合、あたかも全体に権利があるかの如く表示(特に商標)すれば、虚偽表示(我国特許法第188条、同商標法第74条等)であり、当該罪(同特許法第198条,同商標法第80条等)の刑事罰にも処せられることとなろう。
 侵害と権利行使の点について述べると以下のとおりである。
 特許権の場合において、並行輸入をそもそも原則的に認めない見解の場合は、このような場合も当然に並行輸入は認められない。商品全体について権利が存在する場合について認めないのであれば、部分的権利について認められないのは当然だからである。このような部分的権利ないし極小部位の権利の場合にもこの輸入に対しては、「輸入」が国内の実施に当たる(特許法第2条3項1号、3号)ことからその製品の一部についての権利であっても権利行使できることとなる。但し、これは、一部についての権利行使であって、全体についての権利行使ではない。権利行使の結果として全体の国内販売等が停滞することは必然的な結果であり、もしこの商品全体について取引の停滞を生じないようにするためにはその一部のみを除外するべきものである。
 他方、原則的に並行輸入を認める見解の場合は、一部を除く殆どの部分が当該権利に係る真正商品である限り、並行輸入は認められるべきものであろう。上記我が国最高裁の判断に従うとすれば、当該部分についての黙示的許諾があったものと解し、我が国を除外する旨の合意なく、製品にこれを明確に表示されていない限り、該製品の並行輸入は認められることになろう。もしこの一部に存在する他の権利をもって並行輸入を拒否(権利行使)するのであれば、いわゆる権利の濫用とみとめられる場合が多いであろう。
 尚、上記問題は「部分」ないし「部位」に関する問題であって、原則的に「部品」ではない。部品の多くは、単独で取引の対象とされているであろう(例えば、車のタイヤやホイール)から全体的商品(権利が全体に発生している商品)と同様に取り扱えばよい。
 商標権の場合、やはり真正商品といえるためには、原則として商品全体に商標が付せられる場合であるべきである。一部に当該権利下の指定商品が含まれているのみの場合、原則的には上記特許と同様に考えられるが、商標の使用態様からいってやむを得ない事態も考えられなくもない。しかし、もしその表示態様が常識以上のものであれば、それは上記のように虚偽表示として取り締まれるべきものであろう。

(2)意匠権について
 保護対象である意匠の本質は、物品の美的外観についての創作であるので、一見して理解可能なため工業所有権4法の中では最も早く登録要件において世界公知が採用されている(意匠法第3条1項各号)。即ち、意匠の本質より海外での事実をも比較的容易に法の運用に取り入れることが可能である。しかし、このこと(事実)と権利発生とは、別の問題であると考える。つまりそのような事実を考慮してもなお我国で、かつ我国内法下で意匠権が発生したのであれば、創作である点で発明と共通する意匠権についても、上記特許権に準じた取り扱いがされるべきと考える。

(3)商標権について

イ) 我国において、商標権に関しては、裁判実務上真正商品の並行輸入は認められるに至っている。即ち我国の商標権若しくはこれに相当する権利を侵害しないとする扱いが一応確立しており、残るはどのような条件の下で許否を認定するかの各論的な問題が残っているだけである。しかし、何れにしても特に特許権とは全く事情を異にし、権利消尽理論を問題とし、採用することも出来ない。商標の本質が、自他商品(役務を除く)識別標識であり、「商標の付された商品」は、世界を一市場として転々流通し(この「商品」の転々流通のみ特許品も同様)、付されている商標は原則的に商標としての機能(自他商品識別機能、出所表示機能、品質保証機能、広告宣伝機能)を発揮するからである。すなわち、特許のように属地性の強い権利と著作権、商標権のようにより属地性が弱い性質を持つ権利があり、一律にいえない面があるということ、つまり権利ないし保護対象の本質やそれから派生するところの機能等を考慮しなければ本件テーマは論じ得ないことと考える。
 そして、この本質的機能である自他商品識別機能は無論として、出所表示機能が害されなければ、商品流通秩序は害されず、健全な産業の発達も阻害されないとの理由で、真正商品であることを条件に並行輸入が認容されている。
 この問題も無条件に上記の結論に至った訳ではなく、昭和45年までは並行輸入行為は商標権を侵害する行為であると考えられていた(純理論としては妥当)。その後、問題点(認容要件の判断)の相違こそあれ、いわゆるパーカー事件(昭和45年2月27日大阪地裁判決)、マーキュリー事件(昭和48年8月31日東京地裁判決)、テクノス事件(昭和53年5月31日東京地裁判決)、ラコステ事件(昭和59年12月7日東京地裁判決)、BBS事件(昭和63年3月25日名古屋地裁判決)等にて、直接・間接に並行輸入が認められるようになった。

ロ)上記の判決の主たるものについて簡単にふれてみると、まず、商標に関し非常に有名なパーカー事件(昭和45年2月27日大阪地裁判決)である。これは、日本に於けるパーカー商標の専用使用権を取得していたシュリロ・トレーディング社が、エヌ・エム・シー社により香港から買い付けたパーカー万年筆の並行輸入を阻止しようとしたので、原告エヌ・エム・シー社は、被告シュリロ・トレーディング社の専用使用権に基づく差止請求権不存在確認及び妨害禁止を求めて提訴した事件である。本判決において、「原告のなす真正パーカー商品の輸入販売によって、被告は内国市場の独占的支配を脅かされることはあっても・・」と言及した上で、「のそ間に品質上些かの差異もない以上、・・・需要者に商品の出所や品質について誤認混同を生ぜしめる危険は全くないのであって、右商標の果たす機能は少しも害されることがない」が故に、パーカー社の業務上の信用(Goog will)が損なわれることはなく、被告の信用もまた損なわれないとした。この本質・機能の面からのアプローチに加え、国内に於ける価格やサービス等に関する公正な自由競争のメリットについても触れている。商標の場合、権利者(供給者)を保護することが、ひいては取引・需要者の保護になるわけである(商標法第1条)が、この並行輸入事件の場合、認めた場合でも権利者に実体的な不利益は存在しない。そうであれば、次のステップとして我が国の産業政策の見地より如何にあるべきかを考察すべきと考える。そうすると、自ずから上記のメリット等の見地より公の利益、すなわち需要者側に比重をかけて是非の判断するのが妥当であるといえよう。
 尚、本件パーカー判決でも言及するように、並行輸入業者は、「形式的には本件商標につき何らの使用の権限を有しない」ので、あくまで並行輸入の認容は例外であることに留意すべきと考える。従って、例えば広告行為も原則として「消尽」効果が生じる範囲内、つまり並行輸入された対象商品そのものをもってするものに限られ(桑田:工業所有権における国際的消耗論P314)、この範囲を逸脱するものは当該商標権(専用使用権含む)を侵害することとなる。
 次に、いわゆるラコステ事件(昭和59年12月7日東京地裁判決)であるが、これは、スイスのラコステ・アリゲーター社のライセンシーである被告のアイゾット社(米国、輸入貿易会社)の製造・販売するラコステの商標を付した我が国への並行輸入品に対し、原告である商標権者と専用使用権者(三共生興)が、右製品の輸入販売の差し止めを求めて訴えを提起した事件である。
 本件では、原告の商標品と米国に於けるアイゾット社の商標品間の品質差が問題となった。しかし、判旨では、第1に、「原告商品と被告商品との間に被告主張のような品質、形態の差異があるとしても、被服の品質、形態等については、これが一定不変というわけではなく、流行、時代等につれて当然に変化するものであること」、及び第2に、両ライセンシーに対し、その製造販売する商品の品質管理を厳格におこなっていることを前提に、「アイゾット社に、ラコステ標章として同一視できる商標の下で、品質、形態等の異なる商品を製造することを許容しているのであるから、右商品の品質、形態の差異は、世界的に著名な原告ラコステを出所源として表示する商品として、その許容された範囲内での差異というべきものであり、このことによって商標の品質保証機能が損なわれることはない」という概略的に2つの根拠にて本件登録商標及び原告表示の出所表示機能、品質保証機能を損なうことはなく、原告、三共生興の業務上の信用を害さず、また一般消費者の利益も害することがないとして、原告の専用使用権に基づく禁止権は行使できないとした。
 本件原告は、韓国、台湾は別としても、日本において専用使用権者(商標法第30条)であり、その有する権利の法的効力なかんずく独占排他的効力は、商標権と何ら変わらない。そうであれば本来禁止権を行使できるはずであるが、商標の持つ特色即ちその本質・機能に鑑み上記判決に至っているのであるから、公益(同法第1条)の見地からも出所表示機能のみならず、品質保証機能をも極力厳格に判断すべきと考える。
 更に一つ挙げると、いわゆる商標に於けるBBS事件(昭和63年3月25日名古屋地裁判決)である。本件は、西独BBS社の有するBBSなる商標について、原告は、西独で商標登録される以前にわが国における商標権を取得しており、またBBS社の日本総代理店である日本ビービーエス社に対し自社の所有する商標権の使用許諾を与えていた。そこで、原告は、西独BBS社の製品を並行輸入しようとした被告の行為の差止めを求めた事件である。
 本件においては、第1に、「原告が、本件商標の権利者として有する業務上の信用は、BBSの世界市場における名声以上のものではない(原告も右名声の利用を企画して本件商標の出願をしたものである)」とし、第2に、「その出所表示、品質保証の機能は、被告がBBSの真正商品を輸入、販売することにより、些かも損なわれることがない・・・」、更に第3に、原告の被告に対する本件商標権に基づく本件請求は、商標法の目的から剥離??したもっぱら市場独占的な観点からなされている権利濫用的なものというほかなく」との観点から、被告のBBS真正商品の輸入、販売等は何ら違法なものではなく、商標権の差し止め等の対象にはならないとした。上記2判例とは根本的に相違する事実関係が存在するが、権利濫用説による点で後二者は共通し、商標の機能にも視点をおく(中心)点で三者とも同様である。

ハ) 上記のように自他商品識別機能や出所表示機能が害されない限り、商標の本質(自他商品識別標識)が害されないということになるので、商標については、真正商品である限り並行輸入を比較的認め易いということになる。これはあくまで本質論であり、いわゆる産業政策論の観点から見た場合は、反対の結論となることも十分に考えられる。実際、米国においても(後述するように)真正商品の並行輸入は、いわゆる「グレーマケット商品」として原則的に禁止される。原則的に禁止されるという理解は、米国関税法526条の規定を前提とし、関税法規則は、その例外を規定しているからである。この例外は、かなり広範なものとなっているが、産業政策的見地から認めているといっても過言ではない。すなわち、国によりいずれの見地から並行輸入是非の結論を出すか相違することとなる。注意すべきは、商標の場合、あくまで私見であるが、商標の本質論であろうと産業政策論であろうと真正商品の並行輸入を認め得るということであり、また商標権者(専用使用権者含む)又は並行輸入業者のいずれの側に立って判断するるかによっても是非の結論が出ると考える。そしてさらに、この両者のいずれに立っても一国産業の発達に寄与するということである。従って、結局我が国内法の解釈問題といえるわけであるが、単なる「輸入」ではなく「真正商品の並行輸入」であるが故に、この国内法の判断に当たって本質論や産業政策論等を考慮に入れて解釈すべきといえよう。
 即ち、商標権者の立場より並行輸入を禁ずる場合、もとより商標制度のあるべき姿であり、商標の機能は十分に発揮され競業秩序の維持が図れる。また、該商標の付された商品は、商標権者により価格を国際的に統制でき、その商品に応じた利益を上げることが出来よう。この価格の統制は、価格の廉価の場合と異なり、例えば品質を一定に維持可能という大きな副次的効果があり、これにより当該商標権者は、当該企業を着々と成長させるべき軌道に乗せることが出来る。そして、この企業の発展は、ひいては当該国の雇用の増大と安定を惹起することができよう。即ち、このようなルートからその国における一国産業の発展に寄与することとなる。
 他方、並行輸入業者の立場から見ると、真正商品である限り該商品に付された商標は違法に付された商標とも言えず、商標の機能(自他商品識別機能、出所表示機能等)は、害されない。そうであれば、需要がある限り多く輸入を認めることが、輸入業者は無論のこと需要者も多いに潤うこととなる。即ち、取引活動の活性化はとりもなおさず一国産業の発達に寄与するものといえる。尚、勢い価格の低下を惹起することが商標権者の不利益を生むことが上記の場合と反対の現象であることは言うまでもない。
 尚、並行輸入認容要件の問題の中で、品質保証機能の維持を条件とすべきか問題であるが、必要と考える。何故ならば、上記ラコステ事件でも特に問題となったが、例えば、全くの同一の者から出た商品であれば一般には同品質のものであろうが、すなわちライセンスを受けた者が製造した商品は、必ずしも商標権者の商品と同品質のものとは判定できず、転々流通し並行輸入された場合、無条件に並行輸入を認めると、場合によっては、品質劣悪のものが並行輸入の名の下に出回ることになり当該輸入国における商標権者若しくは専用使用権者等における商標の品質保証機能が害されることとなる。これでは、守るべき商標権者等の業務上の信用の維持は図れない。よって、出所表示機能のみならず、品質保証機能の保持を条件とすべきであると考える。

ニ)加えて、「商標権における国際的消尽論」について言及したい。まず、結論から述べると、特許権及び商標権のいずれにおいても国際的消尽を認めない見解を採用するわけであるが、その根拠は全く相違すると考える。特に商標ないし商標権に国際的消尽論は採用し得ないと言いたい。すなわち、商標は、その本質より、又それから派生する機能より国内、国際間を問わず、消尽(消耗)になじまないと理解する。なぜならば、特許権の保護対象である発明は、製品に一体的に抽象的な技術的思想として具現化され、通常は外観から見て即座に当該特許発明を確認することができないが、商標権の保護対象である商標(実体的保護対象はさておく)は、当該指定商品たる製品に付されることを基本形態とするが故に、通常は即外観にて該登録商標を確認することができるからである。更にいうと、商標は、当該商品に表示され国の内外を問わず転々流通するが、本来の商品として転々流通する限り当該トレードマークは、標識として機能を発揮し、生きているのである。商品が、新製品か中古品かにより製品自体の価格が変動するのみである。従って、商標の世界に「国際的消尽理論」を主張する見解は、外国に於ける製品(商品)の適正なる売買(真正商品)にのみ目を奪われ、いわゆる特許の場合との根本的相違に気づいていないのではなかろうか危惧するところである。
 再度纏めると、商標ないし商標権において真正商品の並行輸入が認められるのは、国際的消尽によってではなく、世界を一市場として転々流通する商標の本質的機能所以である。
 ちなみに、「本来の指定商品」として流通するものでない場合とは、例えば、ビールを指定商品としてA登録商標が存在する場合、通常ビールの包装容器である瓶や缶に商標のラベルが貼付されたり、刻印されるが、商品である中身のビールが消費されて存在しない空瓶は、たとえラベルが付着していても、それは最早ここにいう本来の商品ではない。この空瓶等を廃品業者が商品として取り扱う段階においては、上記商標の機能を論ずる範囲外である。このような場合における商標は、法的に死んだ状態ということができ、正に消耗状態といえよう。
     
 (4)著作権

1) 著作物の並行輸入に関しては、著作権法第26条1項により「映画の著作物を・・・その複製物により頒布する権利を専有する」ことが、著作者に認められていることから、頒布権の解釈問題として論じられている。
 頒布とは、「有償であるか又は無償であるかを問わず、複製物を公衆に譲渡し、又は貸与すること」(著作権法第2条1項20号)であり、頒布権は、著作物の複製物の流通をコントロールする権利であると理解されている。そして(イ)この頒布権は、特に映画の著作物に認められる権利であるため、その他の著作物に対しては並行輸入を禁止出来ないというのが一般的な理解である。また、(ロ)著作権は、無断複製を禁ずることを内容とするので、真正商品の並行輸入が行われることにより著作権者の複製権が侵害されるとは考えにくい。加えて、(ハ)著作権の場合、ベルヌ条約で無方式主義が採用(同条約第5条2項第1文)されており、同盟何れかの国で権利を取得(創作)すると、同時に他の同盟国全てにおいて著作権を取得することとなる。
 従って、各国毎に出願という方式をとる特許権のような問題は生じにくく並行輸入(国際的消尽)を制限ないし否定する必要性は極めて低いといえよう。
 以上の如く、著作権の場合は、本質的かつ制度的に上記の工業所有権と相違するところであり、同盟国である我が国への並行輸入反対の意思表示があり、またその旨の明確な表示があったとしても、上記条件なかんずく無断複製でない限り原則的に著作権を行使することはできないと解する。
     
2)上記の観点から並行輸入が認められない場合は、著作物にも適用される属地主義により我が国著作権法、不正競争防止法、民法等が適用される。文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約第5条2項は、「著作権に基づく権利の行使は、保護が要求される同盟国の法令の定めるところによる」と規定しているからである。
    
3)著作権と並行輸入に関する判例としては、映画に関する101匹ワンチャン事件(平成6年7月1日東京地裁判決)がある。本件は、原告が米国から映画のビデオカセットを輸入販売しようとしたところ、これに対し著作権者から許諾を受けて業として日本国内において本件ビデオカセットを製造・販売していた被告が、かかる販売は違法である旨の文書を配布したことにより原告の営業が妨害されたとして提訴した損害賠償請求事件である。本判決において、映画の著作物の頒布権に関しては、抽象論として頒布権侵害となることを認め、著作権者から日本国内での販売のライセンスを受けた者がなしたビデオソフトの並行輸入業者に対する侵害警告を違法でないとした。法上、複製権とは別個に頒布権が認められている以上、判旨の如く侵害を肯定する見解も成立するであろうが、著作権法第26条の頒布権に第113条1項2号を超えた独自の意味を認めることが疑問であるとすれば、他の著作物と同様に輸入禁止権も頒布禁止権も消尽(用尽)すると解すべき(田村:知財法P460)を妥当とする。
 著作物は、基本的に知的文化の発展に寄与することから保護されるという本質的なところから掘り起こすとともに、著作者の権利を害することの無いよう調和を図りつつ本件テーマについても考察すべきと思う。このような点で、産業政策と密接な関係を有する発明や商標等とは大きく相違する。


5.諸外国の判例

 1)米国
 米国については、まず代表的と思われる判例4件(特許:2件、商標:2件)を挙げた上で、私見を盛り込みつつ述べたいと思う。

A)まず、特許のケースで、Griffin 対 Keystone Mushroom Farm, Inc.事件(1978年7月17日ペンシルバニア州東部地方裁判所判決)であるが、これは、米国とイタリアに堆肥機械と堆肥機械部品に2つの特許を持つ原告Griffinより、イタリア法のもとイタリア及びその他ヨーロッパ経済共同国での独占ライセンスを与えられたCeleste Carminatinoからキノコ栽培農場Keystone Mushroom Farm, Inc.がGenoa f.o.b.(積み荷渡し)で1975年に1機、更に1976年にもう2機の堆肥機械を購入。ペンシルバニアでキノコ栽培農家であり、機具や材料を他の農家に供給しているKeystone Mushroomは購入した1機を自己使用、他の2機を売却した。これら3機の機械の使用、販売に対する特許侵害事件である。
 結論的には、Griffin側の勝訴である。機械の購入はCarminatinoからイタリア内で行われたことに基づいた被告の2つの法的論点は認められなった。被告の第一の論点は、イタリア法によって販売を許可されたCaminatinoからの機械購入はパテント独占からこれら物品を解放したという点である。パテント実施のみに於いて使用可能な物品の許諾販売は販売される物品に関してPatent Monopolyの放棄であるという明確な論争の余地のない前提によった。 
第二は、原告が同時に米国とイタリアにパテントを所有し、同じ発明に関し類似したライセンス契約を結んだ。このケースで、当該3つの堆肥機械の販売使用権を原告が保持するということは、原告に"double recovery"のたなぼたを与えることになる点である。
 上記2点の却下理由は、以下の如くである。即ち、米国に居住しているdealerは、他国でパテントされている物品をそれらの販売許可所持者より、米国パテント所有者のライセンス又は許可なく、輸入し、販売出来ることが問題だというのである。すなわち、他国の法律によるauthorizationの出所地は重要ではない。米国パテント下の米国内での物品の販売は他国の法律でコントロールできない。つまり、外国のパテントシステムは一般的に米国市場において影響力を持たない。米国の特許法は、一般的問題として自国の境界(boundaries)に依って限定されるという観点から根拠付けている。

 米国と他国で同じ発明のパテントを取ろうとした者は、その他国から輸入された品物に対する米国パテントの保護を失うことになるという点に於いて、米国パテントシステムが特許保持者に与えた保護が得られないということになる。更に言うと、米国パテントシステムを弱めるかも知れない実際上の影響力を懸念するというわけである。

B)次の特許のケースは、Sanofi社,S.A.et al.対 Med-Tech Veterinarian Products,Inc.事件(1983年6月15日ニユージャージー州地方裁判所判決)であるが、これは、特許権侵害に対して、Med-Tech Veterinarian Products, Inc.、J.A.Webster, Inc.、及びA.J.Buck & Son, Inc.のための代理人として、Med-Tech Veterinarian Products, Inc.,社、J.A.Webster, Inc.,、及びA.J.Buck & Son,Inc.に対するSanofi、S.A.及びAmerican Home Products Corporationによる提訴事件である。本件は、比較的最近の特許に関する判例であり、その中で種々の引用判例もあるので、ある程度詳細に紹介したい(但し、事実関係を多少省略したため不正確な点はご容赦願いたい)。
 原告であるフランスのSanofi, S.A.(以下Sanofi社という)は、薬品を製造し、動物処置のため米国で使用されている一般的な薬、Acepromazine maleate、トランキライザー、及び嘔吐防止剤のための、米国及びカナダで特許を保持している。1959年9月において、Sanofi社は、以下の権利についてAmerican Home Products(以下Amerucan Home社という)に同意を申し入れた。即ち、(1)カナダにおいて、Acepromazine maleate及び単一のもの(Acepromazine maleate)を含む薬製品又は獣医使用のための注射又は経口形状において他の機能的な製品と協同する薬製品を製造、販売、又は使用する権利、及び(2)カナダにおいて、Acepromazine maleateを製造、販売又は使用する権利及びAcepromazine maleateを含む薬品製造、販売又は使用する権利であって、獣医使用のための製品に限定されている獣医使用のための排他的権利の2種である。また、American Home社は、特許のどのような侵害をもSanofi社に報告する義務を負っており、代わりに、Sanofi社は、特許を保護することにおいてAmerican Home社の助力と交換するが、American Home 社が助力を提供する際どのような費用も負担しないように合意した。更に、1963年1月に、後期の合意が当事者によってなされ、カナダでの販売に対して存在するのと同様の契約上の条件で米国において獣医学分野でAcepromazine maleateを販売する権利をAmerican Home社に拡大した。
 1981年7月、及び1981年9月に、Medico Industries社と、カンザスにビジネスの本拠を有するDelaware社の二つの分離体制を揃えていた。ニュージャージー、ノースベールのFlavine International社は、バルク形状のAcepromazine maleateを購入する。詐欺行為がこれらの商取引に関して発生したことが、原告によって申し立てられたので、聴聞が当裁判所で開催された。その聴聞において引用された証拠から、次の事実の発見があった。
 Flavine International社は、Medico社とかなりの量の仕事をし、被告人、製品の分配人(ディストリビュータ)によって販売されたAcepromazine maleateを処理した。Medico社は、Acepromazine maleateのための第1の体制を揃えた後、Flavine社は材料のためのソース(供給者)を探し出した。Flavine社は、結局、Flavine社と接触した。この会社は、ドイツにあり、Flavine Internationalの同一の仕事に組み込まれており、製品を入手する際の手伝いをしている。Flavine Internationalは時々”姉妹会社”としてFlavine社を照会するけれども、これらの会社がともに仕事を行うという来歴を有することを除いて、これらの会社間に公式的な関係があるという証拠はなかった。Flavine社は、Acepromazine maleateをフランス、パリのSempa−Chimieから入手できると明らかにした。Sempa−Chimieは、Clin−Midy SAの完全子会社であり、Clin−Midy SAは、原告Sanofi社の完全子会社であった。(事実関係煩雑につき中間省略) 
 特に、「Medico社及びFlavine International社のいずれもがAcepromazine maleateに関連するどのような特許又はライセンスも知らず、米国において化学薬品の製造、販売、又は使用上の制限があることに気づいていなかった」との当裁判所の指摘もある。
 また、当裁判所は、特に、その製品の一部にSempa−Chimieを誘惑した欺瞞的な不当表示があったことを発見した。更に、当裁判所は、その不当表示にもかかわらず、Medico 社が不当表示の知識もなく、そして、米国で化学薬品の販売又は使用上の制限の知識もなく、価値のために誠実な購入者であったことを発見した。
 さらに、SST社を介して、Acepromazine maleateは、購入に有益であることを米国で一般的に流布する出版物に広告された。
 従って、当裁判所は、被告によって主張された見解が被告又はその代表者らの欺瞞的行為によって阻却されるという原告の主張を拒絶した。被告及びその代表者らのいずれもが欺瞞的行為に関係しておらず、それを知らず、それを正当化していなかった。
 従って、この法廷が決定しなければならない審問は「製品上の特許権者又はライセンス所有者が、制限無く広く当該正当権利者から購入した製品を該購入者が販売することを禁止する権利を有するかどうか」ということである。

 予備的命令のための原告の申し立てを認めるかどうかを決定する際、当裁判所は、四つの要素を考慮しなければならない。@論議の当事者が訴訟において、偶発的な成功の合理的な蓋然性を有するかどうか。A侵害品の排除が聞き入れられないなら、取り返しのつかない被害を当事者がこうむらないかどうか。B命令の許可又は否定から他の利害関係をもった人に対する被害の可能性。そして、C公的な利害関係である。 Arthur Treacher's Franchisee Litigation,689F.2d 1137(3rd Cir 1982)において、当事者は、利益上の成功の合理的な蓋然性及び取り返しのつかない被害の見込みについて裁判所を満足させる責務を負っている。1143のIdにおいて、もしその責務遂行の失敗は、結果的に予備的命令の申し立ての否定に帰着するであろう。
 原告は、このケースの利益に関して三つの論点を進める。まず第1に、法律の内容として、特許製品の米国特許権者による販売は、購入者がこの国にその製品を持ち込むことを排除するため、特許権者の権利を放棄しないと原告は主張する。選択的な見解として、たとえ特許権者による非制限販売により製品がこの国に入ることを排除するための特許権者の権利の放棄を構成するとしても、権利の放棄は排他的ライセンス所有者の未解決の権利に効果をもたらさないと原告は主張する。第2に、American Home社は、ここでAcepromazine maleateを販売するための排他的ライセンスを与えられ、化学薬品のMedico社による輸入に同意しておらず、そして、Medico社の行動は侵害を構成したと原告は主張する。原告の第3の見解は、Medico社はSanofi社から化学薬品を得る際欺瞞を用い、そして、被告はその欺瞞からの利益を許されるべきではないとしている。

 当裁判所が既に見いだしたように、輸入のため製品を注文した際、制限の通知がなく、Flavine社の不当表示の知識もなく、Medico社は誠実に行動したので、原告の第3の見解には価値がないにもかかわらず、当裁判所は、原告の最初の2つの主張の正当性をさらに考慮しなければならなかった。

  (a)原告の第1の主張、即ち米国特許権者による販売は、米国に製品を持ち込むための権利を購入者に与えていないという主張は、この事件の状況下では受け入れることはできないとした。この理由は、以下の如くである。即ち、『Sanofi社によって保持された特許における利害関係及びAmerican Home社に譲渡された利害関係の解析が要求される。この国の特許法において、特許権者は米国全土で発明を使用し販売する排他的権利を有している(Waterman v.138 U.S.252,255(1981))。この排他的権利は、他人に譲渡されることもある。従って、特許権者は、米国全土で発明を使用し販売する排他的な権利を有する全体的な特許権を論じるについて他に譲渡するなら、またその排他的権利の分割されていない一部分又は持ち分を譲渡するなら、また、米国の特定の地域に特許権による排他的権利を移転するなら、その移転は、譲渡として正当に捉えられる。これよりもわずかな権利の移転という方式はライセンスであり、譲渡ではない。
 原告Sanofi社は、特許権者が所有した一定の権利をAmerican Home社に移転した。特に、契約は、カナダでの販売にあるのと同様の契約上の条件で米国においてAcepromazine maleateを販売する権利をAmerican Home社に与えた。カナダでの合意下で、American Home社は、カナダにおいて製品を販売する権利、排他的であり獣医学使用のための製品に限定された権利を有している。Sanofi社はその特許権の全権利未満をAmerican Home社に移転したので、移転はライセンスとして特徴付けられ、譲渡ではない。』と。続けて、
  (b)『しかしながら、ライセンスには二つのタイプ、つまり、排他的及び非排他的のタイプがある。非排他的ライセンスは、特許権者によって侵害のクレームから非排他的権利者を保護する単なる特権をライセンスを受けた人に与える(Western Electric Co.v.Pacent Reproducer Corporation,42F.2d 116,5 USPQ 105(2d Cir.1930))。非排他的ライセンスは、特許独占権において財産的権利を持たず、他の者がその発明を実施しないことについて特許権者との契約を有していない(Id.at 118,5 USPQ 106)。他に非排他的ライセンスを許す特許権者は、さらにその製品をライセンスすることを排除されない。そして、特許ライセンスを受けた人の権利を侵すことなく、自発的に侵害を黙認することができる(Id)。
 一方、排他的ライセンスは、他の者がライセンスが与えられた使用の範囲で特許権を実施することを排除する特許権者の約束を有している(Id)。排他的ライセンスは、侵害作用を禁止する権利を有しており、特許権者の存在がこのような排除(除去)を追求するために普通必要であるので、特許権者を訴訟の一当事者とならせることができる(Independent Wireless Telegrap)。(Company v.Radio Corporation,269 U.S.459,471(1926)参照)特許権者は、第三者と同様に排他的ライセンスが与えられた使用範囲で自分自身の特許権を実施する権利を有しない(Littlefield v.Perry,88 U.S.205,223(21 Wall.)(1874))。従って、排他的ライセンスが特許権者によって侵されると、特許権者は侵害に対して訴えられるかもしれない(Id;Research Frontiers,Incorpoated v.Marks Polarized Corporation,290F.Supp.725 727,160 USPQ 574,575-7(E.D.N.Y.1968))。』として一般論としての非排他的ライセンスと排他的ライセンスの相違について述べた後、更に続け、
 『Sanofi社とAmerican Home社との間で受け入れられた同意の解析は、獣医学の目的、つまり、薬が食品医薬行政の認可を受けるという目的のため、この国においてAcepromazine maleateを販売する排他的ライセンスをAmerican Home社が保持しているという結論を強要する。American Home社の契約は当該会社が”カナダでの販売と同様な契約上の条件”で米国において獣医学の分野で販売する権利を与えている。契約管理下のカナダでの販売は、特に、カナダで販売するAmerican Home社の権利が”排他的”であるとしている。従って、二つの合意が共に審査されるとき、American Home社が、獣医学の目的のため、この国においてSanofi社特許製品、Acepromazine maleateを販売する排他的権利を有していることが明白である。
 Sanofi社が、この国において、特許製品を販売する権利をAmerican Home社に移転したことを決定する際、Sanofi社の販売がこの国に製品を持ち込む権利を購入者に与えていないので、被告が米国において製品を販売することを禁止するというSanofi社の主張を、当裁判所は考慮しなければならない。この主張の支えにおいて、Sanofi社が引用した、Boesch v.Graff,133 U.S.697(1890)、及び Griffin v.Keystone Mushroom Farm,Inc.453 F.Supp.1283,199USPQ428(E.D.Pa.1978)がある。後者は、上記A)において、最初に挙げた米国判例である。
 Boesch(ボセッチ)において、原告は一定のバーナーに対して米国特許権を保持している。ドイツの以前の使用者法令下で、ヘクトと名付けられた個人がドイツにおいてバーナーを販売する権利を有していた。ヘクトはバーナーを被告に販売した。その被告はそれらを米国に輸出し、米国でそれらを販売した。原告はこの国においてさらにバーナーを販売することを禁止するため訴訟を起こした。差し止め命令との対立において、被告は、ドイツにおいてバーナーを販売する権利を有する人からバーナーを購入したと主張し、その販売は原告の特許独占権から製品を開放すると主張した。最高裁判所は被告の主張を拒絶した。
 つまり、ヘクトがドイツにおいてバーナーを製造販売しなければならなかった権利は、その国の法律下で彼に許されたものである。そして、彼からの購入者は、米国特許下で特許権者の権利を無視して米国において物品を販売することを正当化することはできない。以前の外国特許権は、ここで(外国で)、次の特許権の期間を制限するために我々の法律下で作用する。しかし、それだけのことである。米国特許下における米国での物品の販売は外国法によってコントロールすることはできない。133 U.S. at 703.』とし、原告の引用した判例についても言及している。
 『Boesch(ボセッチ)はこの件と区別できる。Boeschにおいて、外国に販売したのは特許権者ではなかった。事実、販売したのは、特許権者の許可を受けた人(ライセンシー)でさえもなかった。むしろ、販売者はドイツの特許法の作用によって販売する権利を有する人であり、この特許法では、特許権は、特許出願の時点で、すでに発明を使用していた人に影響しないとしている。営業所を経由して、Boeschの状況下で、特許権者はその発明の使用に対して補償を受けないばかりか、この国(米国)への輸出に同意しなかった。しかしながら、ここで、外国への初期販売から儲け、そして利益を上げたのは特許権者であった。そして、そうする機会をもっていた。購入者による製品のさらなる処分において販売契約に制限はなかった。
 同様の理由のために、Sanofi社によって引用されたGriffin(グリフィン)は、不適切である。Griffinにおいて、機械を組み立てるため、原告は米国及びイタリアにおいて特許権を保持していた。原告はイタリアにおいて発明を作成し、販売及び使用する排他的ライセンスを Celeste Carminatiに許可した。Carminatiは三つの機械を被告に販売した。それらのうちの一つは、この国において仕事で被告によって使用された。他の二つは被告によって販売された。侵害に対する対立する原告訴訟において、被告は二つの主張を行った。まず初めに、イタリアライセンスによる製品の販売は特許独占権から製品を解放したと主張した。この主張は、支えのためのBoeschにより、裁判所によって拒絶された。次に、被告に製品を販売することに対してイタリアランセンシーからロイアリティーをすでに受け取っており、この国に製品を持ち込むことを許可することは、結果的に二重の利得回収を引き起こすので、原告が救済される権利はないと被告は主張した。同様に、原告が利害関係、つまり、イタリア特許法及び米国特許法において二つの権利を有しており、特許製品の販売又は使用が潜在的に両方の権利を侵害し、従って、潜在的に利得回収に起因して二つの分離された不法行為を構成した点に注目』して、裁判所はこの主張を拒絶した。
 『ここでは、制限無く特許権者によって外国で販売が行われたので、Griffinもまたこの状況から区別できる。この区別は決定的な重要性である。この件において、購入者は米国において特許記録を調査し、特許所有者は制限無く販売を行った正に当事者であることを見いだした。製品はフランスで販売されたけれども、その国において、特許権は製品上に存在していなかった。従って、Sanofi社がこの国において製品の再販売を禁止する権利を有していたと仮定したとして、販売の時点で購入者に対する何らかの記述された制限も提示されないことによって、その権利は自発的に放棄された。この結果に対する強力な類似が、Holiday v.Mattheson,24F.185(C.C.N.Y.1885)に開示されている。Holiday(ホリデー)において、米国特許権者は、制限又は条件無くイギリスにおいて当事者に特許物品を販売した。イギリスの購入者は、この国で製品を再販売することを求めた他の人にその製品を販売した。』
 さらに、米国において製品の販売を禁止することを拒絶する場合について、裁判所では、次のように述べた。
 『所有者が、使用又は渡るべき権原に関するどのような留保も無しに、物品を販売するとき、購入者は販売された者において売主の全ての権利を獲得する。その権利は、その物品を使用する権利、その物品を修理する権利、その物品を他に販売する権利である。第2の購入者は販売者の権利を獲得する。そして、第1の購入者が物品を譲り渡さなかったとしたら、第1の購入者は適法に行うことのできることは何でも物品に行使するもしれない』( Id.at 185)。
 このようにして、裁判所は、「販売者が販売された物において権利の全てを譲り渡すつもりであるという推定が製品の販売において存在する」と理由付けた。裁判所は、「販売の時点で、制限が課されない製品の購入者による使用を引き続き制限することを販売者に許すことは、この推定に相反する」とした(Id.)。
 同様にして、『ここで、Sanofi社が特許製品の再販売において、制限を課すことが許されるとしたら、購入者の期待はくじかれてしまう。従って、裁判所は、フランスにおいて販売された製品を、この国において分配することに対する差し止め命令をSanofi社に許可しない。しかしながら、このことで事件は終了しない。裁判所は、さらに、米国における排他的ライセンシーあるAmerican Home社が差し止め命令に対して権利を有するかどうかを考慮しなければならない。この争点の裁決に当たっては、Sanofi社がAcepromazine maleateをこの国に持ち込みそして販売することを排除するためにAmerican Home社の権利を放棄できないという原告の第2の主張の審査を要求する。』
(c)『特許権の所有者による特許製品の非制限的販売が販売者に反するように購入者に非制限的所有権を譲渡するということは特許法の原理である(Holiday v.Mattheson,24F.185(C.C.N.Y.1885))。しかしながら、また、購入者は、特許権者によって所有されたものを越えるどのような権利も取得しないことも特許法の原理である(Featherstone v.Ormonde Cycle Company,53F.110,111(C.C.N.Y.1892))。 Featherstone(フェザーストーン)において、発明者はイギリス及び米国で自転車タイヤのための特許権を獲得した。米国の権利は原告に譲渡された。イギリス特許権の所有者はイギリスで製造された自転車にそのタイヤを使用することを被告にライセンスした。続いて、被告は米国においてそのタイヤを販売することを求めた。裁判所は被告に反して差し止め命令を認めて、次のように述べた。
 「特許権の所有者による特許製品の非制限的販売が売主に反して非制限的所有の権利を購入者に譲渡するということが確立されている。しかし、購入者は特許権の所有者によって所有されたものを越えるどのような権利も取得しない。」(Id.)(引用例は省略)。裁判所は、Boesch v.Graff,133 U.S.697(1890)がコントロールされており、そして、米国特許下で米国における製品の販売が、特許権の期限を制限することを除いて、外国法によって影響されないということを、述べている。』
 『この法廷前の状況は、Featherstoneにおいてそれに類似している。American Home社は、獣医学での使用のために、この国で薬Acepromazine maleateを販売するための排他的ライセンスを保持している。従って、特許権者であるSanofi社でさえも、この国において薬を販売するための権利を有しない。真実、Sanofi社は、調査のために幾つかの限定された非獣医学目的のため薬を販売することができるかもしれない。しかし、この件の論点における量を伴う販売は、American Home社によって所有された薬を販売する排他的権利を侵害して作ることができるだけである。』
  (d)『被告は、American Home社が特許製品において権利を登録していなかったので、差し止め命令を与えられないと主張する。』ちなみに、35U.S.C.261において、一定の状況下で登録が要求されている。即ち、「譲渡、許可、又は移転は、その日付から3ヵ月以内又は次の購入又は譲渡抵当の日付の前3ヵ月以内に特許商標庁に登録しないと、通知無しで、有益な要件のため、どのような次の購入者又は譲渡債権者に対しても無効にされる」と。
(e)『被告は、これらの登録要求を誤解している。まず、被告は法令の意味内の購入者又は譲渡債権者ではない。』
『次に、譲受人が通知無しで特許権において権利を獲得した人に対して勝つために、譲渡は登録されるべきことが要求されるけれども(CMS Industries,Inc. v.L.P.S.International,Ltd.643F.2d289,294(5th Cir.1981))、ライセンスを登録する責務はない(Chambers v.Smith,5F.Cas.426,427(C.C.Pa.1844);Jones v.Berger,58F.1006(C.C.Md.1893);4Deller's Walker on Patents §401(2d ed.))。従って、Chambers(チャンバース)の裁判によって認定されたように、特許権の購入者は未解決(未処理)のライセンスの主体を取得する。
 購入者自身にライセンシー所有権の性質及び権利の範囲を通知することが購入者の義務である。もしもこれを行わなければ、特許権者が購入者を欺いたということはできないか、又は、所有権において前の人に許されたより大きい利害関係を保証するために、自分自身の不注意をセットアップすることはできない(Chambers v.Smith,5F.Cas.426,427(C.C.Pa.1844))。また、Keystone Type Foundry v.Fastpress Company, 272F.242(2d Cir.1921)を参照。』
 同様にして、『認定された特許論文は次のように述べている。
 ライセンスの登録のための、又は非登録のライセンスを越えて登録されたライセンスに優先権又はプライオリティを与えるための法の規定はない。しかしながら、ライセンスを価値あらしめるためには、ライセンスを登録することが特許庁のプラクティスである。
 ライセンスは登録されることを求められない。そして、ライセンスの登録は、どのような人の権利にも影響しない。ライセンスのために、登録するか否かは世界に対して有効である。特許権の購入者は全ての未解決(未処理)のライセンスに従属する価値を取得する。特許401(2d ed.)に関する4Walker(引用例は省略)』
 (f)『購入者は、未解決のライセンスの存在に関して販売者に尋ねるための責務があるので、購入者は、もしも必要な質問をせず、そして後で未解決のライセンスが享有の権利を妨げることを発見しても、その期待が打ち砕かれたとクレームを付けることはできない。従って、購入者は、特許権者に対してするよりも製品の未知のライセンスに関して異なる立場に立つことになる。ここで、特許権者は販売者である。』
 (g) 『被告はAmerican Home社の未解決のライセンスに従属する特許製品の所有物を取得したので、さらに彼らはSanofi社による製品の販売から起こる前提のライセンスが根拠がないと主張する。特許法では、ライセンスの公式的な許可は、それに効果を与えるために必要ではない(De Forest Radio Telephone Company v.United States,273U.S.236,241(1926))。従って、特許権の所有者と関係がある人が、所有者が特許権の使用に同意することを正当に推論するかもしれない行動を表示する場合、前提のライセンスは発生している。(Id.)
 Sanofi社が制限無く特許製品の販売を行ったので、被告は前提のライセンスがここで発生していると主張する。制限が課されていない場合、被告は、Adams v.Burke,84U.S.453(17Wall.)(1873)が適用されると主張する。Adams(アダムズ)において、特許権者は、彼らの製品、柩の蓋を作成し、販売し使用するための排他的権利をマサチューセッツ、ケンブリッジの会社に移転した。この排他的権利は、ボストン内の特定の地理的エリアに限定されていた。製品における特許権者の残りの権利は、他の当事者に移転された。ボストンのライセンシーは、特許の柩の蓋の幾つかを引受人に販売した。この引受人は、ボストンで購入者を探したが、しかし、排他的ライセンスが与えられたエリアの外で蓋を使用した。ボストンの外で特許権を有する原告は、引受人が特許権を侵害したとクレームを付け、差し止め命令を求めた。差し止め命令を否定して、裁判所は次のように述べた。
 「しかし、物事の本質において、特許所有者又は彼の権利を有する人は、たった一つの価値が用いられる機械又は設備を販売するとき、その人はその使用のために報酬を受け、その使用を制限する権利を解放する。法廷の言語において、製品は独占権の制限なく通過する。つまり、販売において有する特許権者又は譲受人はロイアリティーの全て又は特許権者の独占権の故に、さらに制限無しで購入者の使用に対して請求する報酬を受けた。」』
 (h)『物品の販売がその物品において特許権者の独占権を消尽すると述べることにおいて被告は正しいけれどもUnited States v.Univis Lens Company,316U.S.241,250,53USPQ404,408(1942)を見るとこの件の事実にその規定を適用することは正しくない。その規定は、販売においては、販売者がこの国で製造するための権限をもつ人である場合をただ適用しているだけであるCurtiss Aeroplane & Motor Corporation,266F.71(2dCir.1920)(外国販売者が米国において販売するための契約上の権限を有する場合に適用される消尽説)Boesch v.Graff,133U.S.697(1890)(外国販売者が米国において販売する権限を有しない場合の非消尽)とを比べると、Sanofi社は、米国において獣医学目的のためにAcepromazine maleateを販売する権限を有していなかった。販売は外国で完成したけれども、この国の特許法は、製品がこの国に持ち込まれるまで、適用されない。(Id.)一旦、製品が入り、獣医学目的のために米国で販売されると、直接的に影響を受けるのはAmerican Home社の利害関係である。American Home社のみが、獣医学目的のためにここで販売する権利を有しており、Sanofi社は有していなかった。裁判所が特許権を消尽した製品のSanofi社による販売を支持したなら、特許権者が実際に有するよりも大きい権利を与えることになる。Sanofi社は排他的ライセンシーの許可なく、この国に製品を入れるための権利を持っていなかった。Sanofi社は販売の際記述された制限を課することによって製品自体を保護することができたが、そうしないことを選択した。従って、Sanofi社はその省略のためにAmerican Home社又は原告に対して責務があろう。しかしながら、Sanofi社の怠慢は特許権下でその権利をAmerican Home社から剥奪することはできないであろう。是認に対して、原告の主張は、Sanofi社が、特許法に違反することなく、この国に予定された製品の外国への非限定的な販売を行うことができることを裁判所が推定することを請求しており、しかし、適法に、米国の境界の内で同様の販売を開始することはできない。このような変則的な結果は、彼らの特許権下で、以前に権利を移転した米国特許所有権者によって外国において開始された取引を介してこれらの権利が回避に対してより価値が低くそしてより影響を受けやすいことによって特許の権利の譲渡及びライセンスの妨げになるであろう。』
 (i)『たとえ、裁判所が、Sanofi社による販売がこの国において再販売するため、黙示のライセンスを創造するという原告の理論を受け入れたとしても、そのライセンスは、未解決のライセンスに属するであろう。二つのライセンスが衝突する場合、”第2の引受人が第1の存在に気づかないとしても”第1は勝つ(4Deller's Walker on Patents §401(2d ed.);New York Phonograph Co.v.Edition,136F.600(S.D.N.Y.1905);aff'd,144F.404(2dCir.1906)。従って、被告がSanofi社から黙示のライセンスを有したとしても、そのライセンスはAmerican Home社のそれに属することになる。
 最後に、被告は、Curtiss Aeroplane & Motor Corporation,266F.71(2dCir.1920)がこの件の成り行きをコントロールすると主張している。Curtiss(コーティス)において、原告は一定の飛行機のための米国特許権を所有していた。原告はその付属物の83%を所有しており、イギリス政府に特許飛行機を販売するための契約に入った。イギリス政府は続いてこの国(米国)に乗物を持ち込むことを求める米国市民に飛行機の幾つかを販売した。原告は輸入を禁止する訴訟を起こした。差し止め命令を発行することは拒絶され、裁判所は次のように述べた。
 「売主の特許独占権が外国及び国内特許権からなるなら、販売は外国及び国内特許権の両方の独占権から物品を解放する。そして、販売契約に制限が無い場合には、購入者は、どのようなそしてすべての国で物品を使用し販売するための完全な権原及び完全な権利を取得した(Id.at 78)」と。
 イギリス政府との原告の契約において、適当と認定されたどのような方法においても政府が飛行機を売却することができると企画したことは裁判所の規則に対して特に危険であった。
 原告及びイギリス政府は、原告によってイギリス政府に提供されるべき飛行機と同様にイギリス政府によって製造されるべき飛行機が政府の絶対的な財産となり、後者が当を得ていると予見して売却できると、同程度に理解し且つ意図した。契約の表現では、飛行機及び他の物品が”イギリス政府の絶対的な財産となりそして絶対的な財産であるべきである”としている。(Id.at 75)
 従って、ここと同様に、特許商品の販売者はこの国において販売するための権原を持っていた。それは裁判所が販売が適法であると認めた状況のためだけであった。
 Curtiss(コーティス)によってコントロールされるよりも、この件は、Daimler Manufacturing Co.v.Conklin,170F.70(2dCir.1909)、つまり、他の第2の最新意見に類似する。このDaimler(ダイムラー)において、被告は、含まれた装置が米国特許によってカバーされる自動車を外国で購入した。販売者は外国で販売する権利を有していたが、米国特許権下で権利を有していなかった。裁判所は、この国での製品の使用を禁止して、”外国での購入者は、購入した先の特許権者よりも大きいどのような権利も獲得できない”と認定した(Id.at72.)。従って、外国の特許権者がここで製品を使用する権限を持っていないので、裁判所は購入者もまたこのような権限を有しないと認定した。』
 (j) 上述のように、『裁判所は、原告American Home社がその件の理非によって恐らくうまくいくであろうと結論付けた。会社のビジネスが被告の活動によって被害を被っていることが記録に示されており、Acepromazine maleateの販売が減少しているばかりでなく、会社の他の関連した製品ラインもまた影響されているという証拠がある』からである。
 さらに、『裁判所は、予備的差し止め命令のためのAmerican Home社の申し立てを許すことによって、第3の当事者(第三者)が被害を被らず、そして、公的利害関係が害されないらしいと認める。従って、その申し立ては許可されるであろう。しかしながら、Sanofi社の申し立ては、その件の理非によってうまくいくであろうことを、会社が裁判所を満足させていないため、否定されるであろう。原告American Home社のための勧告は、この意見と両立する規則を受ける』とのことである。

 本件判旨において、Sanofi社は販売のためAcepromazine maleateが有益であると米国において化学雑誌に広告し、またAmerican Home社は排他的ライセンスの明らかな違反を黙認したけれども、その黙認は、American Home社の申し立てた侵害を追求するための権利放棄を構成しないとするが、我が国最高裁判決(BBS事件)における「黙示的許諾」理論と相通ずるところがあるが、適用における結論が相違するものである。米国法が強く反映されるところであって、国内権利者を強く保護せんとする政策の表われとも解される。                 
C) 他方、商標については、有名なK mart Corp.対 Cartier Inc.事件(米国最高裁1988年5月31日判決)がある。商標品の並行輸入等の水際規制に関する米国関税法規則133.21cは、その性格上関税法526条の解釈であるため、法律の授権の範囲内であるかどうかが問題となり、この点が連邦最高裁まで争われたのが、このK mart事件である。その主要部分を有効、他の部分を関税法526条aに違反するため無効とした。
 本件は、上記のように有名な判例故に、種々の論文等が既に存在するので、ここでは重要な点のみを引用し、簡単な意見を述べることとする。まず、関税法526条(1930年)は、『輸入時に商標権者の書面による同意がない限り、米国に居住若しくは所在する者又は法人が「所有する」商標を付した如何なる「海外メーカー製品」の輸入を禁止する』とし、当該税関規則では、『米国商標を所有する者と「同一人」若しくは米国商標権者の「通常の管理下」にある者が海外で製造する商品の通関を許可(19CFR 133.21(c)(1)(2))し、海外メーカーが米国商標権者からその商標を使用することを許諾された場合、輸入が許可される(同条(c)(3))』と規定する。
 税関規則(Customs Service regulations)19CFR 133.21(c)(1)(2)は、同一人が外国及び米国商標を所有する場合若しくは「コモンオーナーシップ又はコントロール」に基づく外国商標権者及び米国商標権者のグレーマーケット商品」の輸入を認めることは、もし商品に米国人若しくは米国法人が「所有する」商標を付していれば、「海外製造商品」の輸入を禁止する関税法(Tariff Act)Section 526,19 USC1526を合理的に解釈したものであるが、米国の商標権者が海外メーカーに商標を使用することを許諾した場合は、関税法526条の例外規定である「許諾された使用」に該当し、526条に違反するので無効となる。
 ここに、グレーマーケット商品とは、判旨にあるように、外国製品に米国商標が付され、米国商標権者の同意を得ずに輸入されたものをいう。この判旨で、グレーマーケットは、3つの形態に分けられている。
 ケース1:米国の会社が外国の会社から商標を米国において登録及び使用する権利を取得し、外国製品を米国において販売する一方、外国企業が商標を付した製品を米国に輸入し米国内で配給又は米国に輸入し第三者に販売する場合。
 ケース2:海外で製造された商品に使用する米国商標を内国に存在する海外企業の子会社、親会社、その他同等の会社が登録した後に、米国の商標と同一の商標を付した商品が輸入された場合。
 ケース3:米国に居住する米国商標権者が外国メーカーに特定の外国地域において米国商標の使用を許諾した場合(この場合、当該外国メーカー又は第三者が外国製品を輸入・販売する)
 上記と反対に、例外的に真正商品の並行輸入が禁止されない場合は以下の如くである。すなわち、米国では、1992年に関税法526条が制定されたが、この関税法の一部を改正する法律の名称が真正商品排除法であったことに示されるように、「本条は真正商品の米国市場への輸入を禁止することを目的として制定された法律」であった。しかし、その適用範囲も不明確であったため、現在では米国関税法規則にて、真正商品輸入禁止の原則から除外される3つの場合を規定している。即ち、(a)外国商標と米国商標の何れもが同一又は同一企業により所有されている場合、(b)外国商標権者と内国商標権者とは、親子会社の関係又は共通の所有若しくは支配の関係にある場合、(c)外国製品に、米国商標権者の承認の下に商標が付された場合である。これらに該当する場合、真正商品の並行輸入は禁止されない。
 以上は、商標の場合であるが、米国においては特許の場合も原則的には同様と解して良いであろう。
 いずれにしても、本判決によって、関税法526条a自体の解釈が明らかにされ、その結果、解釈の実質的当否はともかく、グレーマーケット商品の水際規制における法的不安定性がかなり解消するに至ったといえよう。

  D) 更に、商標に関する1999年12月22日判決のGamut Trading Co.対 ITCの事件であるが、これは、極めて最近の判例故に、ここで挙げておきたい件である。本件は、Eisho World社、Nitto Trading社、Sanko Industries社、Sonica Trading社、Suma Sangyo, Toyo Service社 et.alによる農業トラクターについての連邦登録商標権侵害を主張するKubota Tractor社、Kubota Manufacturing of America, Kuboda社の訴えに基づいた International Trade Commission(ITC)により訴えを提起された関税法第337条, 19USC1337下の調査(審理)事件である。
 米国に於ける商標に関する並行輸入判例は多く、又その論点は、いくつかに類型化できるが、そのような試みは既になされているので(例:「商標品の並行輸入に関する米国、西ドイツ、ECの判例」渋谷達紀)、ここでは省略する。但し、本件は、Good Willの観点から検討、つまりGood Willを形成しているか否かを問題とする事件であるといえよう。このグッドウイルを商標の機能的に捉えると我が国の判例と共通するものがあるが、正確には相違する。また、EU(EC)の判例にも見られない特色ある解釈である。即ち、本件の捉え方をみると、海外製品に関するグレーマーケット事件の基本的論点は、商標が海外商品に正規に付されているかではなく、海外製品と内国製品の間に物質的に違いがあるかどうかであり、もしあればその違いが大きいかどうかにある。物質的に違いが小さくとも、需要者が商品購入を決める際に海外製品と内国製品との違いが大きいと感じる場合は内国に於ける商品の発生源(出所)ひいては商標に化体したグッドウィルを損うのに十分であるとするものである。
 本件に当てはめて説明すると、中古トラクターの輸入品に付された原告の「クボタ」商標が日本語のラベルであるからといって原告の商標を侵害するということにはならない。なぜなら、需要者が日本語のラベルが付された商品と米国モデルとの間に、保守、サービス、部品の面で大きな違いを認めたという事実は認められず、需要者が認識した違いが混同を生じさせるとか需要者の期待を裏切る程の違いではなかったことについて多くの証拠が示しており、日本語のラベルであるにも拘わらず、輸入されたトラクターは原告の米国配給店やサービス・システムによりサポートされると需要者は信じていたからである。

 被告の主張を参考に挙げると、原告の「クボタ」商標を付した輸入中古トラクターについて原告が格別な努力をすることなくサービスを提供することができることは輸入トラクターと国内トラクターの違いが大きくないことを保証するものではない。なぜならそのような格別な努力が必要であるから物質的違いが大きいというものでもないからである。 原告は原告のマークに付随するグッドウィルをできるだけ損なわずに輸入を「裁可」させる為にサービスを提供するようにする必要はないし、原告がトラクターにサービスを施すことができるという可能性があることで、侵害行為が認可された輸入になるというものではないとした。

 これに対し、コミッションは、以下のように判断している。すなわち、『真正外国商品が商標権を侵害するというためには、輸入品が米国商標権者の商品と直接的に競争関係にある必要はない。なぜなら実質的に同一の商品間の直接的競争は考慮されるべきものではあるが、侵害構成の必要条件ではない。原告の「クボタ」商標を付した輸入トラクターが中古であるという事実は、輸入製品が新品か中古かということは考慮する関連事項ではあるが、トラクターの輸入がマークを侵害しないということにはならない。なぜなら、商標権者の評判やグッドウィルに影響を与える他の要素は、製品が中古であると知れている事実により無くなるわけでもなく、多くの証拠が示すように、「クボタ」マークを付した輸入中古トラクターは、原告が「クボタ」製品にグッドウィルを化体させるための投資を密かに害するからである。』とした。

 そして、判決として、原告の請求を認容した。すなわち、コミッションは24モデルのトラクターについて行政法の侵害なしの決定を覆し、1モデルについては337条違反ではないとし、20モデルについて337条違反であるとし、差し止め請求権を行使した。

 2)カナダ国
 カナダにおける判例を一件挙げたい。Breck's Sporting Goods Co., Ltd.対 Magder(Trading as Sportcam Co.)のカナダ最高裁判決である(1975年1月 28日判決)。本件は、並行輸入の問題と商標権譲渡の効力を問題としたものである。 即ち、

 A)本件上告の争点は、登録簿上の商標所有者である上告人の商品釣り道具、特に各種の疑似餌に関する商標”MEPPS”の登録の有効性の問題である。上告人がこの商標を使用していると主張する疑似餌は、上告人が未完成部品をフランスから輸入し、カナダにおいて組み立て、包装したものである。それらの部品には、フランス製造業者によって付された本件商標が表示されている。
 被上告人は、上告人が提起した商標権侵害訴訟の被告であって、Mepps疑似餌を上告人またはMepps社以外の業者から購入し、上告人と競争してカナダにおいて販売した。その結果本件上告のもととなった侵害訴訟が提起されたのである。

 B)
 (a)第1審において原告(上告人)有利に結論した(1C.P.R(2d)177)。
 結論として、本件商標の原登録及びその譲渡の有効性は、原告(上告人)が登録第103702号商標の所有者として登録されているという事実に基づいては、これを無効とするいかなる抗弁も証明されなかったし、原告が提出した証拠は覆されなかった。

(b)第2審裁判所(The Federal Court of Appeal)は、第1審とは異なった見解を示し、本件登録商標は、商標法第2条(f)及び第18条(1)(b)の規定により識別力を欠除している。したがって、他の事項を検討する必要がないと結論した(10C.P.R.(2d)28)。
 本件商標は、その登録の有効性を問題とする手続きが開始されたときにおいては(商標法に規定されている”識別性(distinctive)”という語の意味において)、識別性を有していなかった(the trade mark was "not distinctive")。それゆえ、本件登録は第18条(1)(b)の規定により”無効”(invalid)である、とするのが当裁判所の結論である。

(c)当カナダ最高裁判所は、本件登録商標は次のような商標法第2条(f)及び第18条に規定されている要件たる識別性(distinctiveness)に欠けるとする点で、連邦控訴裁判所(Federal Court of Appeal)と同意見であるとした。

 この判決において、商標譲渡の効力に影響する各種の事項が検討されている。
 必要なことは、上記した如く、商標の譲渡をうけた場合、もし譲渡人の使用によって公衆が欺瞞されるならば、すなわち、もし公衆が、その商標の使用されていることによって、単に製造の場所が表示されているという認識よりも、譲渡人という商品の出所が表示されているという認識をもつならば、譲渡人は商標の譲渡をうけたことによって、その商標について保護をうける権利を主張することはできないということである。
 また、本件の問題点は、商標の購入者が前任者の氏名によりなるその商標を継続して、通常の用法により使用することにより、前任者によって以前営業が行われていたその営業と同じ営業が行われているという以上のことを、通常の取引において表示しているものとして理解されうるか否かということである。そのような場合には、商標は、その商標の附された商品は、彼が購入した工場で製造されたということのみを表示するのであるから、商標の購入者がその商標を使用することに、何ら不都合はないと考える(Leather Cloth Co. v. American Leather Cloth Co.(1865))
 更に、輸入業者は、自分自身及び彼の商品について、商品を選択し、輸送し、保管することについての注意深さ故に、また、彼の地方における名声が大であるため彼が確かめたということによって商品は本物であるという評価を得たいという理由によって、彼の輸入した商品であるという価値ある評価を得ることは可能である。そしてもし商品が、同じ製品であっても、彼によって輸入された商品であるかの如く競争業者によってpass offされる場合には、彼はその競争業者に対しactionを起す権利をもつであろう(Imperial Tabacco Co. of India Ltd. v. Bonnan et al.(1924))。

 結局、『上告は成り立たず、費用を負担せしめ、これを却下しなければならない。この結論により、被上告人が提出した、アメリカの会社は登録出願人としての資格を有せず、あるいは登録権利者としての資格を有しないから、アメリカの会社によってなされた元の商標登録は無効であるという主張についての決定はさし控える。当裁判所は、上告人が商標法第7条及び第22条により救済を求める根拠はないという連邦控訴裁判所の決定に同意することを附加したい』とした。

 3)ヨーロッパ(EU)
 欧州裁判所(European Court of Justice; Europaischer Gerichtshof)は、1998年欧州経済圏(EEA)域外からの並行輸入を禁止する権利を商標権者に認めることは、欧州連合加盟各国の義務であり、それに反する国内規定は許容されないとする判決を下した。即ち、EUにおいては、それを絶対的な経済圏とみるのであり、その圏外からの並行輸入を認めない訳である。これは、産業政策的な面からの共通の利益に鑑みたいわばEEAを一つの国にたとえた取り扱いであって、決して国際的消尽を認容したものではない。従って、我が国は、このEUないしEEA諸国とのバランスをも考慮し、現在における該並行輸入の是非を判断すべきと考える。

6.インターネットとの関係
 電子化並びに通信網の飛躍的発達により、多数の国で同時に送受信が可能となり、インターネット上で商取引が可能な時代となった。例えば、権利者(特許権者、商標権者等)以外の米国人(法人又は自然人)が米国である商取引に関しインターネット上に掲載(広告)し、これを見た日本人がこの広告(ホームページ等)にアクセスして当該商品(真正商品)を申し込んだ(発注)場合、これが本件テーマである並行輸入に該当するか、するとすれば何時該当するのか、いかなる条件下に該当するのか等が問題となる。
 まず前提として、受信者が当該ホームページ等にアクセスして、当該インターネット情報を活用し、申し込みした国(発注国)を基準に判断し、知的所有権侵害を論ずるべきであろう。すなわち、基本的にこの発注国にて権利侵害が問題となり、従って並行輸入の是非が問題となるのである。なぜならば、この発注(申し込み)によって契約が成立していると解せられるからである。
 問題は、この契約成立時をもって権利侵害を論じうるとしても、例えばライセンシー(発信者)の商品が未だ日本へ到達していない段階で並行輸入と言えるか否かである。並行輸入といえるためには、該申し込み(原則的契約成立)後、該商品が受信者(申込者)へ現実に発送され輸入された段階に至って該当するといえよう。しかし、この契約成立(形式的侵害成立)と実際の並行輸入との時差をどのように取り扱うか問題である。特に、上記の例でいうと、米国より発信された商品情報を、日本(我国に限って)の数百人の人がアクセスし、申し込んだ場合、この申し込み(契約成立)は、国内の権利者は確認できないので、結局、該商品が我が国へ持ち込まれた段階での判断となろう。その場合の並行輸入是非の判断は、上記各権利についての認定基準による。
 結果的には、商品申し込み手段が相違するのみの感があるが、実際には、いわゆる輸入業者を介さずに外国より直接商品が送付されてくるような場合の対処方法や、並行輸入による商品が直接外国から大量に押し寄せることも考えられ、特に特許の場合、並行輸入を認める見解にあっては再検討を余儀なくされるのではなかろうか。また、実際に特許発明の実施や登録商標の使用行為がいつ、どこで行われたかの判断と法の適用の問題は、重要であり、上記の見地より基本的には受信者(需要者)のいる国であろう(従って、単一の国の場合もあれば、複数国の場合もある)。

7.総括

1) 結論として、原則的に並行輸入は、正に現在の国際経済情勢において少なくとも無条件には認められるべきではないと思料する。その理由は、上記各項にて述べた如く、国際消尽を認めるには、時期尚早(上記4.「例外論の是非」の導入部参照)であり、その裏付けとしてTRIPS協定等を含む国際条約の現状なかんずく、内国民待遇の原則、属地主義、特許等の独立の原則、並びに特許権等の知的所有権ないしその保護対象の本質、及び特許法の制度趣旨等を挙げることができる。条約等の上記原則は、並行輸入の是非そのもの、ないし国際的消尽論を否定する直接の根拠とはなり得ないが、国内法の解釈・適用への移行として、大前提となる原則と考える。また、上述したように、一部ではあるが、諸外国の取り扱い等をみても、特に特許権に関しては閉鎖的であり、自国の権利者を中心として保護する傾向が強い。権利者の地位の強化を重視する米国などは、商標を含め権利消尽や並行輸入を認めることに否定的であり、EU(EC)は、いわゆる域内消尽という特殊な取り扱いをしている如くである。例外的に、香港のような仲介貿易により利益を上げる国や高度技術品を自由に輸入する範囲を広げようとする開発途上国は、無論肯定的である。このような例外国を除いて、やはり諸先進国と歩調を合わせ、前進(世界の情勢はこの方向にあるから)し、先取りすることのみを良しとしないことも上記の見地より重要といえよう。
 但し、例外として商標権及び著作権については上述の如くその本質より並行輸入を認めやすいという点は上記の通りである。
 上記EEAの判例の如く特別の同盟国内にのみ認める旨を宣言するか、特別の条約等で並行輸入を許容すべき旨の特別取り決めを定めない限り困難と思う。上記BBS最高裁判決の如く、「特に除外すべき国に合意し、特許製品にこれを明確に表示した場合」という手法も、苦しい論法ながら是非論の中間を行く妥当な一方策と考える。但し、この手法は、合意(契約)によるものと解されるから、その「合意」の責務をどこまで、あるいはどの程度追求できるか問題であり、また「表示」についても場合によっては、不鮮明な事態も考えられないでもない。
 要するに、その時代に合った均衡のとれた判断による並行輸入是非論であれば、特に実務界における不満は解消されると考える。

2) ちなみに、並行輸入については、日本のみならず、外国においても、特許に関する判例よりも商標に関するものが多い。その理由は、@特許は、商品全体について特許権が成立していることの方が少なく、多くは、製品の一部分ないし一部品について成立している場合が多く、従って、製品全体の並行輸入例が少なく、また特許は利害の対立が激しいが故に実施者は簡単に輸出入せず、商標に比し慎重に取り扱うことが多いので問題となりにくいこと、A特許は、商標と異なり、製品の表面に当該技術が現れない(抽象的な技術的思想)ため、発見されにくいこと等が考えられるであろう。更に、B商標は、通常、商品(製品)の表面に、当該商標が表示され、世界を一市場として転々流通することも大きな要素である。注意すべきは、ここに「転々流通」といっても、特許製品と商標品とは、その仕方、内容が本質的に相違するということである。

3) 最後に、特許制度のルールを自由自在に変え、プロパテント政策という国家戦略で 世界の覇権を狙う米国のパワーには凄まじいものがあり、我が国や欧州は、常に後追いするのみである。近時の日本には、国家戦略がないが故に民間である企業努力のみでは限界があると考える(同様の見地の著書として「特許封鎖」:岸 宣仁参照)。よって、並行輸入の問題一つをとっても、国家戦略とまでも言わなくとも外国企業に無意味に翻弄されることなく一国産業の健全な発達の観点から是非の問題をまず考察すべきと考える。 
                               以 上

〈参考文献〉
  1 田村善之  「機能的知的財産法の理論」(信山社)
  2 桑田三郎  「工業所有権法における国際的消耗論」(中央大学出版部)
  2 フリードリッヒーカール・バイヤー、桑田三郎 「国際商標法」  (AIPPI月報17巻)
  4 伊従憲・上杉秋則 「知的所有権と独占禁止法」(NBL,No52)
  5 渋谷達紀 「BBSアルミホイール事件最高裁判決」(ジュリストNo.1119
  3 玉井克也 「ヨーロッパ商標法における並行輸入法理の転換(上)」(NBL,No.651
  7 田村善之  「並行輸入と特許権」(NBL,No.627)
  8 判例集(民集51巻第6号)
  9 判例時報625号、1277号、1501号 
  10 田村 善之  「知的財産法」(有斐閣)  
  11 穂積 保  「並行輸入の法律論」(東京布井出版)      
  12 木棚 照一 「並行輸入と特許権の国際的消尽に関する若干の考察・上」(法律時報第68巻3号P38〜46)
  13 木棚 照一 「 同上 ・下 」(法律時報第68巻4号P33〜39)
  14 木棚 照一 「特許製品の並行輸入に関する一考察・・BBS最高裁判決を契機として](早稲田法学第74巻第4号第1分冊1999年,P1〜37)
  15 中山 信弘 「知的財産の潮流」(知財研 5周年記念論文集,P273〜291)
  16 中山 信弘 「特許製品の並行輸入に於ける基本的視座」 (ジュリストNo.1094)
  17 本田 直志 「BBSアルミホイール事件最高裁判決」(ジュリストNo.1138)
  18 辰巳 直彦 「特許製品の並行輸入ーBBS特許並行輸入事件最高裁判決」(ジュリスト・知的財産法2)
  19 相沢 英孝 「特許と並行輸入」(AIPPI-1987,Vol.32,No6)
  20 近藤 恵嗣 「工業所有権の国際消尽」(AIPPI-2000,Vol.45No.9 )
  21 浜田 宏一 「特許権による並行輸入差止めの是非について-経済学的考察」(ジュリストNo.1094,P73〜79)
  22 判例時報 625号(P75〜83),同1277号(P146 〜151)
  23 BNA’s Intellectual Property Library
     特許関係:1)Sanofi, S.A.et al.v.Med-Tech Veterinarian Products, Inc.,et al.(Decided June 15, 1983) 
          2)Griffin v.Keystone Mushroom Farm, Inc. (Decided July 17, 1978)
     商標関係:1)Gamut Trading Co.v.ITC(decided December 22, 1999)
          2)K mart Corp.v.Cartier Inc.(Decided May 31, 1988)
  24 渋谷 達紀  商標品の並行輸入に関する米国・西ドイツ・ECの判例 (一,二)(民商’87)
  25 PARIS CONVENTION FOR THE PROTECTION OF INDUSTRIAL PROPERTY
        (Professor G.H.C. Bodenhausen, Director of BIRPI)
  26 岸 信仁 「特許封鎖」(中央公論新社)