特許に於ける使用者等(企業)と従業者等(個人)の利益衡量

                                              弁理士 小島 高城郎
                                                   (H13.12月)
1.はじめに

 「青色発光ダイオード(LED)」の開発者として世界的に知られるカリフォルニア大サンタバーバラ校教授の中村修二氏が、開発当時勤務していた日亜化学工業を相手に、青色LEDの「特許権が中村氏に帰属することの確認」と「正当な報酬」を求める訴訟を提起した(平成13年8月23日)ことから特許権の帰属と開発報酬のあり方が改めて疑問視され、クローズアップされるに至った。無論、これまでにもこの点については、雇用のあり方を含め種々紛争があったのは事実である。私自身も何度かこのような相談を受けたが、弁護士さん共々相談に乗るも訴訟にまで発展することはなかった。つまり、最近までは、上記の点について訴訟という紛争解決手段を用いるまでに問題が発展することは少なかった。というよりも、訴訟に踏み切るには躊躇せざるを得ない事情や状況があった。それはなぜか。その理由を私見ではあるが大まかに述べると、第1に、終身雇用制度の存在、第2に、世間が未だ個人主義に目覚めていなかった(権利意識低かった)。第3に、訴訟は多大なる費用を要する。第4に、規定(特許法第35条)のみが存在し、細則等が存在せず、開発者の所属する企業の雇用規則等に拘束されていた(また、これは、上記第1と相俟って、戦う気力と勇気を失っていた)。
 以上のこと等を検証しつつ、将来のあるべき姿について、持論を展開したい。

2.具体的な意見を述べる前に、前提としての用語である職務発明、使用者等、従業者等については、微細な点では議論のあるところであるが、法上一応定義がある(特許法第35条1項、準用する実用新案法第11条3項、同意匠法15条3項)ので、それによることとする。

 (1)まず、事実関係をみると、結論として使用者等たる企業が、従来十分に開発担当者である
   発明者を厚遇していなかったということである。即ち、「在職中」にあってもそうであるが、
   特に、「転職」、「早期退職」、「定年退職」等した従業者等にあって「してやられた」といった
   感じで多く問題が発生しているようである。しかし、中には、当時補償を十分と満足して退職
   (転職)したにも係わらず、その後、己れの寄与した発明が特許され大々的に実施され企業
   が大きな利益を挙げていることを知り、嫉妬半分(?)に「訴えたい」と宣う嘗ての従業者等
   もいる。
    そこで、杓子定規に事を判断・推進したり、あることをきっかけにムード的に一方向へドッと
   流れ出すことを嫌う筆者が、以下に述べる点に一言触れたくペンを取った次第である。即ち、
   企業内に於ける職務発明規程や公的機関による運用基準等のあるべき姿とその求められる
   べき視点について言及したい。

 (2)そこで、職務発明規程の有無や補償金額等についての現状を平成9年に行われた発明協
   会の調査結果を掻い摘んで引用した上で、まず触れてみたい。

   (イ)企業内に於ける職務発明規程の有無
      年々増加し、現在殆どの企業でこの規程を有しているようである。但し、問題は、この社
     内規程が、「そもそも強行法規に違反していないか」、「発明の本質とその実際や特許制
     度を理解している者が規程作成に従事したか」等が問題である。下記するが、「発明の本
     質とその実際・・・」とは、発明の特許性と実用性(商品価値を中心として)とは必ずしも一致
     しないこと等を意味する。特別のレベルのものを除き、こんなものがというようなものが市場
     に出して売り上げを伸ばすなど社会・経済状況により変化し、又先のことは不明だからであ
     る。上記の「特許制度・・・」とは、当然のことではあるが、発明し、出願した後、更に審査、
     特許と経時的な要素が加わり、ましてや実施は、どの時点で行われるか不確定であるの
     で、このような経時的な要素を無視して「発明の価値」、ひいては「補償額」は決定できない
     ということである。

(ロ)補償時点
      この補償時点は、一般に発明時、出願時、登録時、実施許諾時、譲渡時、実績(実施)
     時、外国出願時等がある。全体の割合として多いのは(調査対象方法により数字的には異
     なってこようが傾向は知り得る)、平成9年当時第1位が出願時(97.70%)で、第2位が
     登録時(87.10%)、第3位は実績(実施)時(74.30%)であった(上記発明協会平成9
     年調査)。興味深いのは、出願時と登録時の割合は、以前と殆ど変わらないが、実績(実
     施)時の割合が増加してきているということである。しかし、まだまだ前二者より低い割合で
     あるということは問題なしとしない。また、外国出願時を補償時点としている事については
     条件付きでない限り多少疑問である。すなわち海外市場を国内とほぼ同様に扱っている
     企業、ないし国内出願とほぼ同数の外国出願を行っている企業でない限り補償時点に据
     えることは困難であるからである。

(ハ)補償金支払決定手段
      この手段には、一般に「一律定額補償方式」と「評価決定補償方式」がある。
     発明協会の調査結果では、出願時や登録時では、一律定額補償方式の方が殆どと言える
     程圧倒的な割合を示しているのに対し、実績(実施)時では、逆に評価決定補償方式が圧
     倒的な割合である。これは、前二者の場合、この時点では原則的に未だ発明の価値は判
     断できないから当然の判断方式である。このことは、ひいては最終的な従業者等と使用者
     等間の利益衡量を判断する基準の一つを裏付けることとなる。
 
   (ニ)規程上の補償金額
     上記協会の調査結果によれば、「一律定額補償方式」の場合は、出願時で平均額は前回
     調査の4,514円に比し約1.6倍の7,388円と増えており、最大額が前回の15,000円から150,
     000円と、10倍になっている。出願の運命は定まっていないが、取りあえず開発意欲を惹
     起せしむるためであろう。また、登録時では、平均額は、15,908円となっており、前回調査
     の12,220円に比し約1.3倍となっており、最大額は、前回の50,000円に対し70,000円で、
     最少額は、前回と変わらず3,000円となっている。従って、概ね変化はないといえよう。
      更に、実績(実施)時では、平均額は、前回調査の46,800円に比し約2倍の97,000円、最
     大額は、前回の100,000円から300,000円、最少額は、前回の5,000円から18,000円とかな
     りの増加である。
      他方、「評価決定補償方式」の場合は、上限額と下限額があり、まず、出願時では、上限
     額の平均額は、22,122円と前回調査の10,166円に比し2倍以上となっている。下限額の平
     均額は、4,975円と前回の3,842円から約1,100円増に留まっている。しかし、上限額の最大
     額をみると、100,000円と、前回の30,000から3倍以上の増加となっており、開発刺激策に
     加えて正当に評価しようとする動向が窺える。登録時では、上限額の平均額が38,118円
     で前回調査の137,421円から大幅に減少しており、最大額も前回の1,000,000円から100,0
     00円と大幅に減少している。これは、登録(特許)とは、あくまで諸特許要件を充足し、権利
     を付与されたということであり、当該発明の価値とは一応無関係だからである。
      また、実績(実施)時では、上限額の平均額は614,588円と前回調査の524,118円に比し
     1.2倍、最大額は、前回と変わらず5,000,000円で、それ程変化はなかった。下限額では、
     平均額が前回の15,878円の約2倍の34,357円であり、最大額が、前回の100,000円の5
     倍である500,000円とかなり増加されている。 尚、近時この実績補償金額の上限をかなり
     高額に設定する企業も増加している。
      従って、この「評価決定補償方式」による場合、当該発明を実際に実施してみてその実
     績に鑑み判断するのが最もその「評価」ということと合致しているといえよう。

  3.大体の現況を上記したが、加えて、今年(平成13年5月22日)の判例である東京高裁判決
    (平成11(ネ)3208)をここで引用しておきたい。 本件は、一審被告の従業員であった一審
    原告が、在職中にした職務発明につき、一審被告に対し、特許法35条3項に基づく相当の対
    価の支払いを請求し、これにつき原判決が一審原告の請求を一部認容したところ、当事者双
    方がこれを不服として控訴を提起した事案である。
     まず、使用者等である一審被告は、『使用者等は、特許法第35条3項にいう「勤務規則そ
    の他の定」によって、職務発明に係る特許権等の使用者等に対する承継等だけでなく、特許
    権等の承継等の「相当の対価」の額も、従業者等の同意なしに、一方的に定め得る』旨主張
    した。これに対し、判旨は、『使用者等は、職務発明に係る特許権等の承継等に関しては、
    同項の「勤務規則その他の定」により、一方的に定めることが出来るものの、「相当の対価」
    の額についてまでこれにより一方的に定めることはできないものと解するのが相当である』
    としている。この範囲内での高裁の判断は妥当であると思う。
     更に具体的に、一審被告は、一審原告の主張に対し『そのような解釈は、職務発明の譲
    渡に対しては、一旦社内規定により支払われても、別段の請求があれば、常に、更に何か
    の「相当の対価」の額を当該従業者等に支払わなければならないということになり、現在の
    企業内の発明及びその実施の実態とあまりにもかけはなれたもので、到底取り得ないもの
    であり、このような事情の下では、日本企業の多くが発明の取り扱いに窮し、特許管理の
    崩壊をもたらすことになる』と主張する。使用者等と従業者等の間に雇用関係即ち強弱関係
    があることを一応除外して考慮すれば、この主張には一理ある。すなわち、当時(仕事に従
    事するとき)従業者等が条件を一応良しとして契約、若しくは約束し、その後の企業努力に
    より例えば大々的に市場開拓等を行い、販売を伸ばしたにもかかわらず、いつ退職者から
    追加請求があるか分からない状態では、企業として極めて不安定且つ権利関係の複雑化
    を招来するからである。
     従って、如何にバランスの良い利益衡量が計られるかである。上記の一審被告の主張
    に対し、高裁は、「しかしながら、上記解釈を採用したからといって、別段の請求があれば、
    常に更に支払わなければならないことになるわけではない。・・・社内規定が特許法35条
    3項、4項照らして合理的であり、かつ、具体的事例に対するその当てはめも適切になされ
    たときには、それにより、従業者等が相当な対価の支払いを受けることになるからである」
    とした。問題は、この「社内規定が、特許法35条3項、4項に照らして合理的であり、且つ
    具体的事例に対するその当てはめも適切になされた」か否かである。どのような解釈が両
    者にとって均衡の取れた合理的扱いなのか、当てはめる具体的事例とは何かである。
     私は、後述するように、上記の見解も含め、発明の本質(価値)、特許制度、雇用関係、
    契約を中心とする私的自治の原則、組織体の源泉たる個人の尊重等々を具体的に検討
    しなければ、フェアな結論はでないと考える。
      更に続けて、一審被告は、「一審原告が、就職時に、会社の就業規則その他の諸規程
    の遵守を誓った誓約書を提出しており、これにより被告規定について包括的な同意をした」
    旨主張したのに関し、判旨は、「特許法35条3項、4項が強行法規であることに照らせば、
    上記誓約書の提出によって、個々の職務発明についての対価の額につき何らかの合意が
    なされたとか、対価請求権を放棄したものということが出来ないことは明らかである」とする。
    本件は、職務発明について具体的に定めた誓約書ではなく、多分に抽象的なものであるの
    で、本判旨は正当なる判断であるが、具体的定めが存在する場合は、特別な場合を除き、
    強行法規の名の下に即無効的な扱いとすることには企業保護の観点からも問題なしとしな
    い。 また、本件訴訟に於ける「相当な対価」を判断するに際しても、特許法35条4項にいう
    「本件発明により使用者等たる一審被告が受けるべき利益の額」や「一審被告の貢献度」
    を具体的に検討・判断している。
     ちなみに、一審原告は、金5000万円プラス一定の金利の支払いを求めたが、高裁は、本
    件発明により一審被告が受けるべき利益額5000万円から一審被告の貢献度95%に相当
    する金額を控除した250万円を一審原告の受けるべき職務発明の対価とし、一審(原)判決
    を相当とした。 本判決と、近い将来下されるであろう青色LED特許訴訟判決により、益々
    本件テーマに関する具体的な議論が戦わされるであろう。

  4. 思うに、(1)まず、客体たる発明自体から考察すると、「発明の価値」は、発明時、出願時
    等に一般には正確に判断できない。”必要は発明の母なり”の謂われがあるが如く、必要が
    在れば需要も多く当該発明の価値も高まるように思われるが、発明の価値は世の経済状況、
    社会状況、発明の品質程度等、種々の状況により相違し、時と共に変化する。ここに重要な
    問題点が存在し、このような点を無視して杓子定規に判断したり、数少ない判例の影響を即
    受け多くが一方向へ流されるようでは正当且つフェアな判断は不可能と考える。 だからとい
    って、契約等が存在するにも係わらず、簡単に契約等を無効扱いとすることも私的自治の原
    則、契約自由の原則等にそぐわないこととなる。
     「発明の価値の不確定性」故に、@出願時には無価値に等しいものでも、いざ実施してみる
    と、時の経過、経済社会の変遷等により有価値となるもの、あるいはAこの逆の場合も存在
    しよう。また、B当初より有価値で、ライフサイクルの相違は存在しても、たとえ時が経過して
    も依然として有価値のものも存在する。この最後のB発明については、微細な点を除き一応
    何時の時点で判断してもある程度の結論は出よう。ただ退職後の継続実施等による使用者
    等の利益までは予想出来ない場合が、そのような場合は、余りにもかっての補償が余りにも
    不当であれば事情変更の原則等で後発的に追加補償すべしと考える。場合によっては(EX
    :悪質)、公序良俗違反にても可能であろう。このような追加補償可能と思われる典型的な例
    (私見)は、上記青色LED特許訴訟の件であろう。なぜならば、当該発明は、当初より発明の
    価値が十分に存在したのみか、20世紀中には開発(発明)は無理であろうといわれた大発
    明だからである。このような例外的な大発明については、今後益々解決が容易になると予想
    されるが、最も問題が複雑化するのは、上記@Aの発明である。

  (2) 次ぎに、主体的な面、即ち、使用者等と従業者等について検討してみると、雇用関係の歴
    史的変遷にも注目すべきと考える。特に昭和年代においては、いわゆる終身雇用制度が我
    が国に根強く存在していたが、徐々にそして平成へ移行するとともにこの制度はほぼ崩壊し
    たようである。従って、まず結論から述べると、雇用関係の変化に伴い職務発明の取り扱い
    も変化すべしということである。
     従来の雇用関係においては、主従の関係にてそのまま強弱の関係にあったが、加えて終
    身雇用制下に従業者等は安定を保証されるが故に、職務発明の補償が十分でなくともそれ
    を良しとしてきた。しかし、本制度が原則的に崩壊した今、実力主義にて戦う以上、当然に個
    々、具体的な開発努力や能力等に鑑み正当なる補償を与えるべきということとなる。
     即ち、使用者等(企業)の一方からのみの判断でなく、個々人の能力や成果に対して補償
    されるべきものである。

  (3) これまで大きな問題として取り上げられなかったのは、上記の雇用関係等から権利意識が
    低かったこと、つまり権利に目覚めていなかったことや、訴訟等によるコスト高、特許法35条
    に根ざす細則や運用基準等が存在しなかったことによる不安材料の存在等にあった。しかし、
    特に、上記中村修二氏による正面から研究者の待遇改善を求めた青色LED特許訴訟(反訴)
    により与えられ、そして判決後も与えるであろう影響には、計り知れないものがある。補償額も
    「上限知らず」というのも企業運営上大きな不安材料となるであろうし、かといって開発担当者
    (発明者)の創作意欲が失われるようでは、企業の発展、ひいては国の経済・産業の発展は
    有り得ない。原則的にいえるであろう発明価値不確定時期である発明時や出願時(場合によ
     っては登録時も)には「定額補償方式」を、そして発明の価値が判明する実施時にはその実
    績に鑑み、「実績補償方式」を併せ採用し、特許権の帰属を含め、報酬のあり方を契約にて締
    結する方法がより正当且つフェアな関係を築けると考える。 無論、(詳述出来なかったが)
    上記の諸条件・状況を具体的ケースに当てはめた上でのことである。
                                                       以上